スキゾイド雑記帳

人間害悪・人間リスクについての考察

窒息島

別館『スキゾイドパーソナリティ障害の生存競争』も更新中です。 http://schizoid.hatenablog.jp/


風通しの良い職場にしましょうというスローガンが飛び交うこの労働社会。風通しの良い職場という言葉だけが独り歩きし、その意味は専ら管理職にとって風通しの良い職場であることを指すものになってきている。

風通しの良いなどという主観的な判断基準を全員で共有すること自体が不可能であるようにも思えるが、皮肉にも、万人にとって文字通り「風通しの良い」環境を実現した形が、今の「島型のデスク配置」なのではないかと、ふと思う。

島型オフィスに固定電話、日本の会社労働では当たり前となっている座席配置。上司が部下を一律に監視できるようになっており、部下は常に誰かと顔を向かい合わせる。今はパソコンがあるから良いが、パソコンがない時代は壁を作るものが皆 無であり、一体どうやって対面の人間同士が気持ちを楽に仕事できたのだろうと疑問に思う。

この形は確かに風通しの良い状態だ。全員が中心を向き、支配者がそれを見渡せる状態、まさに邪魔者・障害物がない事務所の形をしている。風の通りも文字通りよく、部署全体に壁がないから声を荒げればいつでも末端に届くし呼びつけることも可能だ。

学校生活で給食やお楽しみ会の際に机をみんなで併せて向かい合うことがあったが、ああいう状態は普段の授業中には採用しない。労働デスクワークは個人作業が多いにも関わらず、常にこのお楽しみ会・学級会状態で拘束される。

もちろん、学校の授業は教員と生徒の一方向のやりとりだということもあるが、それにしても、個人作業をしている のに目の前に人がいて目を合わさないようにしたり、常に目があってしまうような配置、電話が丸聞こえな配置というのもどうなのかと思う。どうなのかを通り越して私はこの島型配置が息苦しいし、全部仕切りをつけてほしいし、廊下も一方通行にしてほしい。それくらい、監視されているような感覚を持ってしまう。