スキゾイド雑記帳

人間害悪・人間リスクについての考察

人生の転落防止策

別館『スキゾイドパーソナリティ障害の生存競争』も更新中です。 http://schizoid.hatenablog.jp/


大学受験は私の人生の大きな失敗の原点だった。大学受験の結果自体が失敗なのではなく、進路設計に対して真剣じゃなかったことが失敗なのである。成績上位だった私は高校の進学実績稼ぎに上手く載せられ、学部や学科を問わず大学を受けてしまった。その先にある職業・社会人生活・転居などを一切プランニングせずに大学に進学してしまったのは愚かすぎて涙も出ない。

大学受験の時、曖昧ながら単科大学を視野に入れていた。資格というゴールがあったほうがモチベーションになるし、将来が不安だったからだ。中高一貫だったので、成績がそこそこいいと難関大や総合大を薦められるのだが、私はこの時期には既に人間関係面で自分の不器用さに気付いていたので(部活にも入らず人前に立ったり目立つことも嫌いだったので、企業で出世するのは無理だということが明確だった)、研究系か資格系に行こうと思っていた。給料については確かに超一流企業に劣るかもしれないが、経済的に困ることなくそこそこ余裕のある生活ができれば満足というのなら、堅実な道の方が人生設計の柔軟性という意味では圧倒的だ。

血を見るのが苦手なため、医者になる気はなかったので、工学部と薬学部が候補に上がった。しかし薬学部・薬科大は親や教師に反対された。成績がいいのだから、総合大学や普通の理工系を出て、大企業に入った方がよく、薬剤師は割にあわないという意見をもらうことが多かったのだ。両親も当初は就職活動の惨状をあまり熟知していなかったので、薬学部を受けるくらいなら総合科学系(教育・情報・環境系)を併願したらどうかと話してきた。難関とされる大学でも上のような学際系の学部というのは一般的に偏差値が低く、理工学部の滑り止めには最適だったからだ。

ただ、学際系というのは罠で、結局やることは文系学問だ。大学院で理科系に進学するのはほぼ無理で、この選択は失敗だった。期待を裏切らないレベルで就職段階で苦戦した。企業勤めが全くイメージになかった私は周囲と比較して就職への意識が抽象的で、インターンシップや各種選考についての作業、周囲との情報共有におけるすべてで出遅れた。大学2年あたりで気づいたが、やはり「学業がほとんど評価されない」というのが衝撃的だった。

今までは課題に対して真面目に取り組むことが一定以上の割合で評価の対象になっていたため、私のような不器用な屑でもなんとか実績を残せたが、今度は「人物重視」という価値観の中で勝ち残らなければならず、不器用な私は社会から否定され続けることとなった。私は私大出身だが、推薦入学者や内部生はやはり行動力や人脈で大きくリードしており、その辺りも含めて、人物力という評価に適応することの難しさを痛感した。人脈構築が得意な人は素直に尊敬している。だから私は理工系に進んで公務員技術職を目指すか、薬剤師を目指すのが正解だったと思う。課題に真面目に取り組み、資格や試験という具体的なボーダーに向かって努力するほうが、自由を与えられるよりも遥かに楽だからだ。働き方についても、クリエイティブな仕事よりも正確性が要求される仕事の方が好きであるし、勉強と同じことが言える。

そう考えれば、自由を与えられることの苦しさを初めて大学で味わったとも考えられる。別に大学時代に怠惰な生活をしていたわけでもなく、病気の親戚の介助やボランティア、趣味などもやっていたわけだが、大学関係の行事、人脈形成、就職活動については、行動力のなさや積極性のなさが露呈する結果となり、それらを器用に楽しんでいる多くの友人達と考え方や気持ちの距離ができる要因になってしまったともいえる。私がここまで屑だとは誰もまだ知らないかもしれない。とはいえ技術系・医療系も様々な規制緩和で今後どうなるかわからない。結局安全な道はなくなっていき、私のように不器用で安定志向の屑は淘汰されていくことになる。

以前、友人が話していた「結局スペックが高い奴が恋人を持てるというのは理に適っている。そういう優秀な人間が子孫を残せるっていうことだ。自然淘汰的な。」という言葉があるが、まさに今の私の状態である。彼は本当に的確な指摘をしていたと改めて思う。因みに当時は彼は独り身の自分を自嘲する目的で喋っていたのだが、今や彼も家庭を持つまで秒読み段階だ。人脈も広く私とはまったく見ている景色が違うだろう。以前、別の知人から「いつまで偽優等生やり続けるの?」と心配されたことがあるが、こうでもしないとやっていけない。

こんな厭世的な私だが、本当は夢もあった。例えば医療に対して工学的な研究をしたり、製薬会社で医薬品の開発をしたり、交通インフラの問題に取り組んだり…人が笑顔で生きられるために何かしたいとは前から思っていたのだ。病気や事故は本当につらいものであるし、技術革新により一歩一歩そういった悲しい運命が減っていく世の中になったらどれほど達成感があるだろうか…

中学生レベルの妄想かもしれないが、やりたかったことといえば上記のような分野における研究だったかもしれない。勿論、情けないながら今は自分の人生を無事に維持するだけで精一杯であり、この夢は実力・時間・気力のどの面でも諦めることになる。言い訳の余地もなく私の怠惰な人生設計のツケが回ってきている。