スキゾイド雑記帳

人間害悪・人間リスクについての考察

スクールカースト後遺症

大人になってからも過去の自分の立ち位置や人間関係、記憶を引きずり出してはそれに悩む人が多い。自分の周りにも、過去の自分が置かれた環境や立ち位置をずっと引きずり、その時の記憶や感情を理由に今を楽しめないという人が少なくない。

そういう過去を引きずる人々の気持ちもわからなくはないのだが、たとえばスクールカーストや過去の出来事というのは(育った家庭などを含めて)、あくまでも社会的・相対的に大人や組織よりも無力だった時点での自分に対する限定的な評価なだけであり、たとえば学校を卒業してしまえばスクールカースト上位の人間だって単なる通行人、赤の他人であり、同じ母校だからといって挨拶をする必要さえないと思うし、教師や親や身近な上下関係についても同じだろう。

対等に付き合うことができない時点で、その世界の中に限定されたものであり、そんなものは関係性の拘束が終わった時点ですべて切り捨てればいいと思っている。私は小学校時代から団体行動を徹底的に避けていたので、スクールカーストや派閥の対象となることすらなかったが、それでも小中高大と一定の区切りごとに、組織集団でできた人間関係はリセットするようにしている。せっかく自由になれたのに、過去の不自由に一分一秒たりとも人生を台無しにされたくないからだ。