スキゾイド雑記帳

人間害悪・人間リスクについての考察

やりたくないことリスト

大学や就職などで進路設計をするとき、学校に通っていると決まって言われるのが「やりたいことや目標を見つけよう」ということ。つまり、自分の「労働者生活」は「自分の目標を達成するために社会に貢献する」ことが前提とされるらしい。

それをもとに大学受験や大学生活、職場訪問や履歴書作成をして、いざ面接をしたときにコテンパンに人格を否定され、病んだり自殺したりする学生が次々と現れているのが今の悲惨な就職事情だ。

そもそも「社会に出て何かをしたい」という気持ちを全員が持っているのだろうか。これだけ物資に囲まれた豊かな国で、新しく何かを作ったり生み出したり催したりすることをどれだけの人が想像できるだろうか。

ましてや就職とはいえ多くの場合は就社なわけだから、組織の中でひたすら既得権に服従するしかなく、夢どころか悪夢の連鎖だったりするわけで、そこに目標だとか達成感だとかいうものを連続的に40年以上も見いだせるとは到底思えないし、それなりの対価も与えられない。

こうした「夢の押し売り」を真に受けて、思ってもいないことに興味があるふりをして、ネットで調べればわかるレベルの知識や見せかけの好奇心でわけのわからない大学や学部に入って行き詰まるリスクがとても高く、私立などにいけば高い学費を払って何も得ずに就職もできないという最悪のシナリオが待っている可能性もある。

だから理工系や医療系が人気となり、それはある意味、リスク管理としては正しい選択であるように思える。就社しかできないリスクを回避し、しっかりと就職できるようにする点で、不況には対応しやすい。私の場合は大学名を過信し、学科や専攻は第二指標としてしまったので、今は後悔している。

労働は社会のためでも会社のためでもなく、自分自身が死なずに生きるため、食べるためのものだと思うから、就社で夢を叶えるという奴隷精神を植え付けられ、それをもとに建てた虚構の士気によって人生を台無しにしないための注意と行動が必要だと思われる。やりたいことの達成に歪みが生じやすく、ハイコストローリターンなのだとすれば、やりたくないことを徹底的にピックアップし、それを避けるためにはどの職業で、どんな場所で、どんな生き方をすればよいのか、警戒心をもとに消去法で決めることも必要だろう。

・ワイワイ騒ぐのが苦手
・目立つのが苦手
・対人関係が苦手
・身体を動かすのが苦手
・難しい文章を読むのが苦手
・数的処理が苦手
・英語が苦手
・特定の分野に抵抗がある
・電話が苦手

どんどん遠慮なく苦手を並べていき、それを達成できる進路を選ぶ。苦痛を回避することも、十分な「目標達成」ではないだろうか。達成は、強制されるものではない。