スキゾイド雑記帳

人間害悪・人間リスクについての考察

人間による捌きがはじまる

別館『スキゾイドパーソナリティ障害の生存競争』も更新中です。 http://schizoid.hatenablog.jp/


大学入試のあり方が変わろうとしている。
今までの学力型ではなく、人物入試に代わるとかなんとか。

今まではペーパーテストで高性能な人間がさらに専門を極めるために大学に進学するという感覚だったが、これからは、予め社会や企業において有能な人材を大学入試の時点で選抜しようということなのかもしれない。

昔に比べれば、多くの仕事が機械によって奪われ、単純事務や単純労働を正規雇用者が担当することは皆無になった。私も、底辺の身分で上司と同じ責任の仕事をさせられ、上司がサボる分だけ自分に回ってきたり、八つ当たりや差別の対象となることが多い。

大学は勉強をするところなのだから、社会や企業での活動とリンクさせる必要はないわけで、高学歴無職がいたってそれは不思議ではないし、低学歴で出世エリートがいても不思議ではない。なのに、なぜか学歴=職歴のような形になろうとしているのは、おそらく大学が勉強するところではなくなってきているからだろう。技術の進歩によってスペシャリストの地位が低下していることもあるのかもしれない。

仕事も昔みたいに効率的に決まったことをサクサク進めるものが減り、対人交渉や下請けの管理、企画や人間関係構築がメインになっていけば、機械のように淡々としている人間は機械で置き換えればいいことになる。既に「機械のような人間」よりも「機械」の方が遥かに優秀であることが証明されてしまっているからだろう。

これからは「人間的に優秀」なことが求められ「機械的に優秀」な人間は淘汰の対象になる。

と、知識の乏しい人間がああだこうだと呟いてみたものの、どうなるのかはわからない。
ただ、自分みたいな遺伝子は淘汰の対象だから子供を残さない方がいいかなということ程度はわかる。

それにしても、浪人・大検・再受検の人なんかはどうなるんだろう…?