スキゾイド雑記帳

人間害悪・人間リスクについての考察

常識を疑う

先日、ネットで面白い記事を見つけた。「学生時代にバイトはするな」というものだ。
学生時代にアルバイトをすることはもはや常識のように言われており、していないと逆に怠惰な印象を持たれることが多いが、まさに今回見つけた記事はその常識を根本から覆すものだったのだ。その理由は至って単純であり、次のとおりである。

まず、大卒後に正規労働者となることを前提とした場合、アルバイトで経験するような単純作業やルーティーンを担う可能性は極めて低いということがある。派遣労働者などの非正規労働者が増加し、企業や経営者は従来の仕事をより安い賃金で労働者に課すことができるようになった。今まで正規労働者が担ってきた仕事のうち、負担の軽い仕事はほぼすべて非正規労働者のものとなったのだ。つまり、正規労働者には「重圧となる仕事」しか残されていないのである。だから「アルバイトを通して働くことを学ぶ」ことはできない。せいぜい社会が理不尽であり権力のない人間が奴隷として生きていることを察知するにとどまるのだ。

このギャップに苦しむ学生が実際に少なくないようだ。昔は若手労働者には比較的責任の小さい仕事が課され、徐々に経験を積むことによって能力を向上させる過程が組まれていた。だから、アルバイトでの単純作業経験や組織に服従する経験が十分に基礎体力として就労後にも通用するものとなりやすいのである。しかし、今や正規労働者に課されるものは即戦力であり、上司よりも安い賃金で上司と同じ仕事をさせるために雇われているようなものである。離職率が高いことにもそれが表れており、経営者の甘えが若者の甘えとして自己責任化されているだけだ。

だから「アルバイトはするな」というよりも「アルバイトの何十倍も苦しい労働生活が待っているから、アルバイトで耐性をつけておかないと、首を吊ることになるぞ」というメッセージが正しいのかもしれない。私のような社会不適合者にはこのような「処方箋」が必要だったのかもしれない。労働が複雑化し、過大な重圧と不安定な対価を度外視しなくてもいいような、精神論や根性論に服従し、邁進するだけの洗脳活動が足りなくなると、生きていけなくなるのだろうか。