スキゾイド雑記帳

人間害悪・人間リスクについての考察。個の尊重される社会とは。

どう生きるかについて

別館『スキゾイドパーソナリティ障害の生存競争』も更新中です。 http://schizoid.hatenablog.jp/

今後について考えている。今年で28歳。年齢はどうでもいいのだが、労働に拘束されるようになってから5年、遠方に住む祖父母の介護も相変わらず続いているが、自分のできる支援メニューはほぼなくなり、あとは親族が中心になってやっているので、土日はほぼ自分の時間に使えている。そのおかげで趣味については全面的に再開することができ、本当に幸いな状況だ。

労働に関する状況は変わらずだが、30歳をすぎた頃から一気に負担が増すことがわかっている。中間管理職になる頃には海外への随行出張、いわゆる接待なども増えてくると聞く。そんなものに耐えられるわけがないだろう。これまで、人間との密な接触を一切避けてきた私は、部活への参加も拒み続け、周囲のバッシングをすべて聞き流し単独行動を優先した。だから他人と宿泊することさえも億劫なのだ。友人同士でも、各々シングルルームで宿泊することを選んでしまうほどに、パーソナルスペースへの私のこだわりは大きいものらしい。さらに同じ人間と、それも社会関係に束縛された強弱が明確化された人間関係を共有する人間と、三食を共にしそれを何日も続けたら精神崩壊することが容易に想像できる。

長々と書いてしまったが、結論を言えばこうした役割を命じられる前に働き方を変える必要があるということだ。週5で8時間拘束にも嫌気がさしているが、今後年齢を重ねるにつれて仕事の負担割合が増えることだけはなんとしてでも避けたいのだ。こんなことをいえば、これから世帯を持って一家の大黒柱になるやつがとかいう老害の説教が聞こえてきそうだが、私は家族計画については世間一般の常識に従うつもりはもうほとんどない。

結婚を急かされる年齢だ。結婚を急かす人間は必ずと言っていいほど子供を設けることにこだわる。子供を設けさせることにこだわると言った方が良いかもしれない。人間の生命のリレーが続いていくこと、昭和の核家族のあり方が続いていくことにこだわっている人はまだ多い。結婚の話をするときに必ず子供の話をする風潮は一体なんなんだろうと思う。子供を作るために結婚するのかと言いたいほどに、子供子供とうるさい人がいる。

結婚はもしかしたらするかもしれない。いずれ私と結婚したいという意思表示をする人物がいる。その人物とはもうかなり長い付き合いになる。付き合いと言っても男女交際ではなく、親しい友人だったという程度だが、親族以外の他人で最も親しい人間はだれかと聞かれると、人付き合いの少ない私にはこの人物が真っ先に浮かぶ。だから結婚するには不都合ではないだろう。私の性格や考え方も熟知しているし、本音しか見せない関係なので気楽なものなのだ。ただ、実際に結婚できるかどうかはかなり怪しいと思っていた方がいいと思う。

第一に、この人物がアダルトチルドレンであることだ。機能不全家庭で育っており、受験や就職などの節目で周囲から否定されることを繰り返されてきたため、現在はパートを少々しながら療養中である。実家で療養しているので毒親の影響を受けながらメンタルヘルスケアを行なっている。だから症状は一進一退だ。結婚も、いずれはしたいが何年先になるかわからないし、急かされたくないと言っている。親子関係依存もあるので、親が死ぬまで無理かもしれない。

第二に、意思が確固たるものなのかわからないということだ。精神疾患があるので、とにかくブレる。目標を決めたり要求に向かってコンスタントに行動することができない。アダルトチルドレンによくありがちな矛盾行動も発現している。親が見合いを勧めてきたら断ることもできないだろうし、最終的に私をキープしているだけなのかもしれない。

ここまで書くと詐欺物件であるかのように思われるが、私自身もこの状況・この関係をかなり有効に活用している。

第一に、結婚の意思を向けてきている人物がいる限り、結婚相手を探さなくていい、つまり恋愛しなくても良い状態が続く。相手がいるからと言って恋愛しない口実を作れるからだ。実際には相手がいてもこんな状態なのでせいぜい会うのは年に数回。男女関係とは程遠い関わり方だ。相手が私との距離を縮めようとしない、かつ、依存だけは続けているので、こちらも誘われたときだけ会うようにしている。デートなどに時間を取られなくて済むので、趣味に充てる時間が確保できる。このように、恋愛しなくても結婚できるという特殊な環境を手に入れているので、恋愛中毒者のように付き合っただの別れただの年中浮き沈みが起こることもない。正直、人混みでデートするよりも電車に乗っている方が楽しいので、とても助かっている。

第二に、結婚が遅くなれば子供を持たない選択もしやすくなるということだ。私は子供を欲しいと思っていない。理由は色々あるが、この社会に生まれても幸せになれないと思うことや、世間体のために人生丸ごと仕事漬けになることが嫌であることなどがある。就職活動の気持ち悪さやこの国の根性論や偽善の存在、学校のスラム化を見ると、これから生まれてくる子供もよほど運が良くなければどこかで負のスパイラルに陥るのではないかと思ってしまう。反出生主義のようなことをいうと、必ずと言っていいほど親への感謝とかそういうことが指摘されるが、私自身は運良くここまでまともな環境で生きて来られただけで、親に感謝もしている。だがその分親は苦労もしているし、それを自分ができるとは思えない。それにたまたま運が良かっただけの自分の境遇を一般化するのは間違っていると思うし、私自身が同じような環境を提供するために人生を労働漬けにしたくないという考えがあるので、子孫繁栄至上主義とは一線を引いて向き合いたいと思っている。

便利屋を数年前からやっている。雑用や家事代行などだ。ある知人に対し、大学在学時のレポートや論文の手伝いをしていた。その人物も今は大学を卒業して働いている。女子大に在籍していたのだが、一般職でエネルギー系最大手企業に入社した。親族に不幸があった翌日にウェブテストを手伝ってほしいと泣きつかれたのを覚えている。その人物、月収は残業手当を含めて30万円に届くくらいのようだ。入社2年目、部内の秘書、普段の仕事はスケジュール管理とお茶出し、お菓子配り、お中元やお歳暮の配送などの庶務、これで月収30万円のようだ。マウンティングや会議の仕切り、対人折衝に追われてようやく月収20万円の私とは住む世界が違う、と言いたいところだが、そうやって見えない相手の実態を推測で語り、羨むのはよくないことだからやめておく。2年で結婚相手を見つけて家庭に入ると意気込んだものの、蓋を開ければ自分より稼げる旦那を見つけることが難しいというなんとも皮肉な状態らしい。

話が逸れてしまったが、当面は、いずれ結婚することを前提に、労働の軽減を目指すことになる。妻が高齢になって子供ができないと病む可能性や、私の所得が少ないと文句を言いだす可能性も否定できないし、そもそも婚約の話すらなくなる可能性が高いが、今更だれかと恋愛してそれに年中執着するほど人間に興味がないし、これ以上人間関係に時間と労力をさきたくない。極端な孤独を感じない程度に生涯関われる人がいれば十分だと思っている。結婚についても、日本の恋愛・結婚至上主義と実際の夫婦関係の乖離に閉口するばかり。配偶者の悪口を言って盛り上がる人々や、外ヅラばかり気にして家庭で発散する人物、相手を尊重しない夫婦、愛されることばかり考えている恋愛中毒者などを散々見てきて、こうした男女関係・人間関係に対する一切の憧憬が消失した。だから私は私の人生を納得できる形で楽しみ、言い訳をせずに今あるものを大事にして、そこそこ満足して死んでいくスローライフを送りたい。多趣味なので決してスローではないけれども、世間の追いかけるものにとらわれない絶対価値を重視した生き方を見失うことのないように。

問題点は緩い働き方に変えた時の周囲への説明だ。家族と同居している以上、なかなか旧来の働き方以外では納得しないだろう。今後の人生ビジョンを全部打ち明けてもいいのだが、そんなことをしたらトラブルになるのは明らかだ。子供もいらない、結婚はできるかわからないけどとりあえず自分と結婚したいって言っている人がいるから意思決定があるまで適当に任せて待つ、残りは全部趣味へ投入する、こんな生き方を核家族を作ってきた両親が歓迎するとは思えないし、配偶者すら納得しないと思われる。そもそも、こんな生き方に納得する人はいないはずだから、他の人との結婚など到底無理なのである。かといって何もないまま年齢だけ食っていけば、なぜ恋愛や結婚を考えないのか周りも不思議がる一方だし、なかなか面倒なものだ。このあたりを腹を割って話せる知人もいないから、なかなか孤独であるが、ブログにかけるだけマシだろう。

おそらく、10年後も独身で自由気ままに電車を降りて町歩きを楽しんでいると思う。それが私の人生なのだろう。