スキゾイド雑記帳

人間害悪・人間リスクについての考察

人生代行業 第1話

別館『スキゾイドパーソナリティ障害の生存競争』も更新中です。 http://schizoid.hatenablog.jp/


ゴミみたいな毎日、早朝に起床し、首を絞めるような気分でネクタイを締め、首都圏屈指の混雑路線でおびただしい数の人間に囲まれながら電車に揺られること1時間半。ようやく職場にたどり着く。偽善者のような社歌が流れ、やりがい・情熱・成長などの科学的根拠に乏しい言葉が挨拶に練りこまれる。おでんのような練りものと違ってこちらは見た目からして不味そうだ。


午前中はクレーム電話や飛び込み営業の対応が絶えない。飲み会の席順を決めることに必死な管理職、ネット動画を見ている係長、スマホの画面を見ながらイラつく様子の派遣社員、お茶はまだかと怒号を飛ばす再雇用のジジイ。平社員だけが安い給料で苦しむ。まるで学校のようだ。教師の精神論や部活の罵声、粋がったスポーツ少年やメンヘラ達のポエム、虚像が織り成す一体感、すべては台本通りなのだ。いや、これが美しい日本だ。


昼休みになる。こんな環境では食欲さえもでない。晩酌だけが唯一、人間として楽しむ食事だ。だから昼休みは死んだ時間である。無駄な時間である。1時間早く労働から解放されたい。ひたすらそう願う。そもそも、職場から外に出てまた職場へ戻るという行為が苦手だ。絶対的に不幸なことしか起こりえない場所に、清々しい日差しに照らされた国道沿いの緑道から舞い戻る。まるで刑務所に入るかのような気分である。


することがない昼休み、いつも通り、宝くじ売り場でロト6を削る。毎週2回のチャンスがあり、少なくとも、一瞬にして人生の苦痛から解放されることが確定する大きな夢と妄想に縋りつくことができるのだ。400円で夢を見られる。安いものである。それでも当たることはほぼない。そんなことはわかっているのだが、ついつい毎回買ってしまうのだ。昼食代を削れば、貯蓄にも影響が少ない。


日々労働に耐え、貯金も800万円を超えた。どうせ私の定年する頃には年金ももらえなくなっているだろうから、自分で貯めた金以外に頼るものはない。終身雇用も崩れ、不安定な雇用社会で死ぬまで労働にしがみついていなくてはならない、無残なマイナス世代である。こんな社会に生きて子孫を残したいという気持ちが想像できない。こんな時代に生まれてきて、幸せなのだろうか。労働をするために、組織に貢献するために、犠牲人生に終止符は来るのだろうか。


そんな思いで宝くじを買い、軽く缶コーヒーを公園のベンチで飲み、職場に戻った。午後も打ち合わせや挨拶回りなど、この世の茶番を絵にかいたような業務は待っていた。過去の資料を丸投げされ、ロクに研修も受けずに1日目から担当責任者に任命され、重苦しい日々のストレスから、最近は歯ぎしりの癖がついてしまい、慢性的に顎が痛い。憂鬱な上司への報告も終え、18時に職場を出た。


疲れたので、バーでウイスキーを飲んで帰ることにした。居酒屋のように騒がしくもなく、照明も明るすぎず、寡黙なマスターの対応も安心を与える。静かに酒を飲み、誰とも話をしなくていい一人の時間だけが癒しだ。すべての人がストレスの対象であるわけでは決してないが、少なくとも、他人との関わりがない時間にストレスを感じることはまずないから、恐らく人間関係がストレスのすべてなのだろう。


文句、罵声、喜怒哀楽、派閥、弱肉強食、相互干渉、懇親会、礼儀、催事…人間が織り成す事物には必ず誰かの苦悩がつきまとい、人にストレスを与えるものは概ね人間のような気がする。そんなことを考えていると、この労働生活が半永久的に続くことに絶望を覚える。かといって放棄したら生活が成り立たない。何のために生まれてきたのだろう、こんなはずじゃなかった。


明日はもう有給を取ろう…明後日は…来月は…眩暈がしてきたのでトイレに駆け込んだ。戻ると、一枚の封筒が置いてある。


「あなたの人生代行します」


清潔感のある白い封筒の中に書類が入っており、代行についての説明書きと契約書が入っていた。簡単に言えば、一日の朝から晩までの義務をすべて代わりにやってくれるというものだ。労働や人間関係についても、矛盾や疑義のないように説明するところまで含め、すべて処理してくれるらしい。怪しげな内容だが、説明がやけに現実的であり、対応した実績も何件か記載されていたので、帰宅したらネットで調べてみることにする。


その封筒の中には、申込書と契約書に所定事項を記入して指定日に先ほどのバーに来てほしいというメモ書きが入っていた。疑義を捨てきれぬまま、用紙に記入し、その日は疲れたのであっという間に眠りに落ちた。