スキゾイド雑記帳

人間害悪・人間リスクについての考察

少子化に貢献しない人間の遺書

別館『スキゾイドパーソナリティ障害の生存競争』も更新中です。 http://schizoid.hatenablog.jp/


少子化がやたらと問題視されていますが、実際の所はどうなんでしょうか。機械が人間の仕事を奪うようになり、人間ができる単純労働が減り、その結果として雇用が縮小。雇用の不安定と職務の少数精鋭化によって、報酬に見合わない業務が若年者に課せられ、自殺者も増えているのが現状です。人口が減るのは世の中に必要とされる人間の総数が減ったからとも考えられますし、一概に不可解で嘆かわしい変化であるとは言えません。需要と供給のバランスからして、ブラック企業などが平気な顔で存在することがそもそも異常であって、劣悪な企業にしか入れないほど若者の行き場がなくなっているのであれば、若者が減るのも無理はないでしょう。そして若年世代は年金すらまともに貰うことができないことが確定しており、経済学的に高齢世代を越える契機が訪れることは二度とありません。感情的な面は別としても、経済的な面では、これからの人間は生まれた段階で経済的にマイナスということになり、この世に生まれてくること自体が負債を抱えるようなモデルが実現されつつあります。そうなれば、生まれてくること、生きること自体が、魅力を上回る苦痛、苦悩を伴うレースとなり、生きること自体が魅力を失います。戦争時代のようにひたすら生まれて国のため に死ぬのが美徳であり幸福であるという極端な時代ならそれでもいいですが、文明が発展した現代においては、魅力のないものは衰退する一方です。つまり、この世に生まれることが「時代遅れ」とみなされるひも近いということです。若者の麻雀離れ、自動車離れ、恋愛離れ、結婚離れ、持ち家離れ、ブランド離れ、などという記号が一人歩きしていますが、若者の人生離れもそのうち深刻化してきそうです。そもそも、1億人が適正人口などという科学的根拠はどこにもなく、人口が減ると単純に高齢者が困るから騒いでいるだけにすぎませんし、高齢者が一気に死去すれば、歪んだピラミッドもそのうちてきせいになるのではないでしょうか。そもそも社会保障が充実している北欧や西欧ではこれほどの自殺や人口減少が起きていないわけですから、素直にそれを模倣すればいいのに、日本は権威者と経営者が富を独占し、それに追従するという中流意識が強いので、絶対にそうはせず、相互干渉に基づく我慢大会を延々と繰り返します。国民が相互に補助する姿勢を捨てて、消耗戦を選んだのですから、その結果として少子化や経済衰退を受け入れるのは当然のことでしょう。大学が飽和状態になり淘汰されてゆく現象と似ています。必要とされる母数が減少すれば、それに見合った数まで対象物は姿を消していきます。しかし一方で、質の低い教育機関も残留します。これは芸能週刊誌や握手券つきのCDが売れる現象と同じです。そしてこの問題こそが、少子化の問題であるといえます。少数精鋭の原理で言えば、子育てや育児はまともな家庭にしかできないと、一般的には想像できるでしょう。しかし実際は、家族計画ができない底辺層や低教育層が無計画に繁殖行動を繰り返しているのが大半です。その結果、上位校以外の学校の大半が荒廃し、親もSNSで犯罪自慢をするようになります。その結果が大津の傷害事件であり、親も同罪に近い人類でした。ちょうどSNS全盛期となった世代が19や20になり、飲酒自慢をしながらネグレクトの様子をSNSで配信するようになる日は近いです。自分の子供をこうした荒廃した世界に巻き込ませたくないと、ますますまともな人間は繁殖を敬遠するようになります。将来どのような人間が日本に残るのかは容易に想像できるでしょう。今の50代は逃げ切り世代と言われています。不況の深刻さをそこまで受けず、年金も自分たちが払った金額の元が取れると言われています。その下のバブル世代は消費癖により破産者が顕著ですが、50代後半は確実に安泰です。そして第2の逃げ切り世代と言われているのが今の20代後半から30代で、ここまでは何とか生きることの元が取れる世代であるという大変悲惨な意味ですが、今の日本を如実に表しています。