スキゾイド雑記帳

人間害悪・人間リスクについての考察

わからない

別館『スキゾイドパーソナリティ障害の生存競争』も更新中です。 http://schizoid.hatenablog.jp/


同一労働同一賃金の重要性が訴えられている。どうせ日本のことだから、非正規の負担を正規並みに増すことで同じようにし、正規の待遇を改善することでは決してなさそう。AIが普及してますます人間の労働はマネジメントや対人折衝関係のものばかりになり、鬱や休職、自殺が蔓延しそうとしか思えない。


世代間格差で今の世代の若年者は未来も夢もないと言われているが、単純に賃金が低いことだけが問題ではなく、賃金あたりの労働負荷が増えていることが問題であると思う。たとえば、私の前の部署、バブル時代は今よりも仕事量が少なく、資料作成が手書きだったりするので単純業務が多いにも関わらず、今の3倍の社員がいたようだ。当然、若手への研修制度やサポートも充実しており、今のように即戦力で採用されて上司と同じ負担の仕事を一度に任されるようなことはない。


今の部署でも私は以前ベテランがやっていた仕事を一人で任されており、比較的対外的に重要な事務についても主担当になっている。どう考えても下っ端にさせる仕事ではないのだが、若手に負荷が与えられるのが実情だ。それを「やりがい、評価」などと自己満足できる意識の高い人はいいが、賃金は一向に増えない中、単にプライベートの時間や気力を消耗させられるだけの負荷を与えられても、それは単なる「死にがい」であり「搾取」そのものだろう。


やりがい、やりたい仕事、○○職場の魅力、こんなどうでもいいことをわざわざ面接で聞いたり、飲み会でああでもないこうでもないと語ったり、何の意味があるのだろうか。どうせ人間の気分屋精神、野次馬精神や喜怒哀楽によって合理性や効率性はすべて葬られ、ご都合主義やダブスタ社会が蔓延し続ける。若者が希望を持ってなど、ジジババが票数と富を掻っ攫う今の社会では実現不可能。それなのに、いちいち前向きに演技することが求められると、虚無の極みを感じる。