スキゾイド雑記帳

人間害悪・人間リスクについての考察

ポジティブの強要

別館『スキゾイドパーソナリティ障害の生存競争』も更新中です。 http://schizoid.hatenablog.jp/


「君達は将来の社会を担うリーダーだ、夢と希望をもって頑張れ」


進学校だった中高で常に言われていたことだ。その数年後に就職難で地獄を見る人間やリーダーの素質がなく行き場を失う人間、ポジティブな人生設計ばかりしていてリスクに適応できなくなってしまった人間、色々な末路が観測される。これらはすべて自己責任として片づけられ、多少の仕方なさはあるのだが、夢の押し売りをされた挙句に不都合が死角となり、その結果、誤った選択や適性とはかけ離れた道に進んでしまった場合も、本当に完全な自己責任なのだろうか。


そもそも社会のリーダーというのが高校生にとっては魅力的な記号に見えるかもしれないが、その中身はまったくなく、性格的な問題がリーダー適正に大きく左右することも度外視されている。もちろん、率先して色々なことに取り組むことを指しているのだろうが、率先して色々なことに取り組むことが苦手な場合に、人生設計をどうすればいいのかについて、まったく想定していないように思える。


活躍や夢の実現というのはそれだけでは聞こえがいいが、労働が生計維持のためであることや、収入がないと生きていけないという厳しい現実を高校では教えない。自己実現や夢を語る以前に、自分が生き抜くためにどうすればよいのかという視点で学生に人生を考えさせる機会があまりに少なすぎるように思える。夢を実現できればそれでいいが、夢を持たない人生はダメなのだろうか。平凡な人生が夢や目標であってもいいわけで、普通に生きるためにどうすればよいかという思考軸でも対応できるようになったら、マイノリティーにも居場所があったように思える。