スキゾイド雑記帳

人間害悪・人間リスクについての考察

さようなら社会人

別館『スキゾイドパーソナリティ障害の生存競争』も更新中です。 http://schizoid.hatenablog.jp/


社会人という言葉が苦手だ。労働者のことを美化するような呼び方に違和感を覚えるし、労働者じゃない人間が異質であるような言い方に聞こえてくるので、労働者側の人間からしてもあまりいい気分にならない。自分が働いていることが何一つステータスに思えないし、労働者というコミュニティーに所属する感じがどうも個人的に好きになれない。

同時に、社会人じゃなければ多少の悪事が免除されるという認識が蔓延しているようにも思える。学校組織においてはあらゆる犯罪がしつけや喧嘩、指導、トラブルという形で隠蔽され、明らかな犯罪が犯罪化されない。教師の権力行使もそうだが、未成年が特権に守られてそれを悪用していることも否めない。

育児についても同様。たとえば家庭崩壊や虐待なども、虐待や家庭内不和ではなくて、明らかに傷害罪や名誉棄損であるものも存在するわけで、学校や家庭という単位に蔓延する治外法権により、我慢する側ばかりが忍耐を強いられるのが現状なのだろうなと思う。