スキゾイド雑記帳

人間害悪・人間リスクについての考察

他人に厳しくしない心理

別館『スキゾイドパーソナリティ障害の生存競争』も更新中です。 http://schizoid.hatenablog.jp/


基本的に、他人には厳しくしないようにしている。昔から、学校の同級生などが「ちゃんとやれよ!」みたいなことを他人に強いる場面を見てきた。学校行事や団体行動などで、少し能力が劣る子供達は、こうした非難を浴びながらも必死についていこうとする。

私はそうした非難を浴びることさえないくらい孤立していたのか、あるいは存在感がなかったのか、最初から輪に入らない性格だと認知されていたのか、あまりそうしたことをしつこく言われた記憶がない。部活にも入らなかったので、尚更だ。

他人に厳しくしたくない心理というのは、他人に強いることをしたくない心理であって、他人に介入することをしたくない心理だと思う。他人に強いることで、自分に何かメリットがあるのだろうか。他人に厳しくする分、自分に甘かったら矛盾してしまう。だとすれば、他人の失敗や欠点をすべて許し、その分自分も余裕をもって生きた方が確実にその人との関係性は良好なものになるんじゃないかと思う。

どうせ他人の失敗や欠点を責めたところで、自分の思い通りの結果にはならないし、そんなどうでもいいことでイチイチ腹を立てることが、たかが60年や70年の人生において何の意味があるのだろうか。何かを達成したいなら、他人に依存せずに自分でやればいい。他人が自分の理想を叶えるために無賃労働、無賃貢献をしてくれて当たり前という考えが、私には理解できない。

行事のたびに「やる気あんの?」と声を荒げる実行委員の気持ちが理解できなかった。そんなイライラするなら行事ごと廃止すればいいだけだろ…としか思えなかった。みんながやりたくない行事なら廃止にするのが一番合理的なのに…と思っていた。

趣味も同じような考えだから、できるだけ一人で出かけるし、単独でも楽しめる絶対的な何かを一つは持っていようと常に心掛けている。そうすることで、他人に依存しない精神安定を確立することができるからだ。他人に期待することでしか満たされない人間になってしまうと、常に人間関係に左右され、息苦しくなってしまいそうだからだ。

自分に厳しく、他人に厳しく、は息苦しい
自分に厳しく、他人に甘く、は破綻する
自分に甘く、他人に厳しく、は論外

自分に甘く、他人にも甘く、これが唯一の平和構築手段といえる。

だから私は他人は他人の思考、他人は他人の能力、他人は他人の人生…というように考えている。

「あなたのことを責めないから、私のことも責めないでね」

という平和協定をすべての人と結びたい。