スキゾイド雑記帳

人間害悪・人間リスクについての考察

就活をしないという選択肢

別館『スキゾイドパーソナリティ障害の生存競争』も更新中です。 http://schizoid.hatenablog.jp/


ネット普及によって一つの大きな話題となり、一大イベントの如く扱われる「就活」
今では「○活」というような言葉がいくつもでており、大衆的な催事のようなイメージ。

就活が茶番だとかSNSと就活とか、そんな就活に関する苦悩や不平不満、自己啓発
今日もあちらこちらで飛び交う。

就活を通して成長できるだの社会貢献だの夢だの説教臭い話が多い印象。
それについていろいろな反応があり、いろいろな意見がある。

病んで自殺する人も多い。
就活を機に気持ちを病んでしまい、心療内科に通っている人を複数知っている。

私は今でこそ労働者として毎日死んだ時間を費やしているが、
実は大衆的な「就活」はしていない。
公務員試験の勉強はしたが、それ以外は何もしていない。

履歴書の誤字を二重線で消したり、説明会の途中で腹痛を起こして面倒になって辞退など、
今思えば社会不適合の本領発揮のようなやる気のなさだった。

インターンも企業説明会も行かないというやる気のなさ。
なぜこんなにやる気がないのか。

それは、真面目にやっても報われない感じがしたから。
感じがしただけで、実際にそれが正しいわけではない。

ただ、莫大な金をかけてもどうせ得られる仕事は一つだし、
無駄金かけて不合格になったりするくらいなら、それこそ
就活で何十万も使う分、そのお金で生活できちゃうよな、という考え

だから大学を卒業して旅やらボランティアやら親族の介護をして、
ようやく採用試験という名の試験を真面目に受けて、労働を始めた。

今は何をやっても報われないし、報われないことに必死になったり、
あたかも前向きであるかのようにバブル世代や団塊世代の奴隷をやる必要性が、
果たしてどこまであるのだろうかと、個人的には思う。

自殺しちゃうくらいなら、最初から学校も就職セミナーも会社もいかない
適当に派遣で気楽に働いたりすればいいんじゃないかな、とも思う。
と、自分が無職の時も、労役を負う今でもそう思う。

今の給料は大企業のように多くないけれど、
ファッションにも興味がないし恋愛もしない、
旅に出る時間もあまりないので、
金を浪費したりすることもほぼない。

実家に生活費を入れてその他貯金をして、2年間でそこそこの貯金になった。
これが一人暮らしだと厳しいから、実家暮らしの自分はそこが恵まれている。

一部のヨーロッパの国のように、社会保障が充実していて、
非正規でも安心して生涯を過ごせるような社会になってほしい。
仕事に邁進しない生き方、団体生活に埋没しない生き方が、
市民権を持つようになれば、生きづらさも解消しそうだ。