スキゾイド雑記帳

人間害悪・人間リスクについての考察

本当に勝ちたいのだろうか

別館『スキゾイドパーソナリティ障害の生存競争』も更新中です。 http://schizoid.hatenablog.jp/


勝ち組・負け組などと言われる社会。多くの人が、社会的地位や成功失敗に固執し、自分と他人を比較して優劣を意識しやすい。同窓会や同期会などで他人の近況が気になるということも少なくないと思う。

昔は私も勝つことにこだわっていたが、今は「負けたい」と思うことが多い。

勝ち負けなんてその場限りなのだから、敗北でも何でもいいからさっさと勝負を終わらせたいのだ。

ただ、なかなか世の中は敗北を許してくれない。

もちろん他人を気にせず自分本位で生きることができればそれは可能だが、たとえば仕事などは難しい。

家族や親戚がある以上、周囲が納得する形や安心する道を選ばなければならないのも事実であり、たとえば雇用形態や職場の将来性などはその判断材料になってしまう。

だから、低賃金でも正社員にこだわる人が多く、事務の多くを機械に奪われてしまった今、正社員に残された道は報酬以上に責任を負わされた厄介な業務ばかりだ。

今の私の労働環境も、世の中から見たら恵まれているのだろう。将来的な安定も濃厚だ。

しかし、自分の性格や適性を考えると、極めて苦痛なことも事実であり、給料を8割にしてでも勤務時間と責任を小さいものにしたいというのが本音。

そんなことはできるはずもなく、今の仕事を辞めて所得を下げて楽な仕事をしても、周りはいい顔をしないだろう。

おそらく、周りからは「負け組」と言われる。

だから我慢して生きているわけだが、今は本当に人と折衝することが苦痛だ。

立場が弱いので余計にそうだが、人とのやりとりを回避する癖がついており、それで叱責されることも目立ってきた。

叱責されてもできないのだ。

こうしてストレスで酒を飲みすぎたりして健康を損ねて年中仕事に憂鬱になっている生活を考えると、安定した所得を得ても、その恩恵を感じる前に死んでしまいそうな気がする。

もし同じ給料でルーティーンだけの単純労働があったとしたら間違いなくそっちに行きたいし、給料が6割だとしても、人と交渉したり会議をしなくていいなら、そっちの方がいいのが本音だ。

普通の人間として労働・結婚・育児をするために設定された男性の労働基準に縛られて、抜け出せずにストレスをため続ける。

さっさと普通であることを諦めて、敗北宣言をしたら、人生はどうなるのか。

少しだけ、想像すると楽しい。