スキゾイド雑記帳

人間害悪・人間リスクについての考察

五月病日記

別館『スキゾイドパーソナリティ障害の生存競争』も更新中です。 http://schizoid.hatenablog.jp/


5月の連休が終わった。連休中は家の用事などに追われつつも、趣味の街歩きや電車旅などもでき、毎日何かしらの予定が入っているという異例の状態だった。それゆえこれまでの中でもっとも充実した連休といえたかもしれない。普段は大型連休はどこも混むので大抵は家で電子ファイルの整理やブログのまとめ更新、料理・家事などに時間を使っていたのだが、今回は積極的に外出も試みた。散策は平日にいくらでもやればいいのだが、それでも普段と異なる時間帯・混雑帯の街を歩いてみたら何か発見があるだろうと建設的に考えて無計画に家を出発した。それがかえってよかったのかもしれない。というわけで、連休は結構疲れてしまったので、平日にゆっくり休暇などで休養しつつ、夏に 向けてどんどん遊んでいく予定。

ここ数か月で断捨離をはじめ生活が随分とミニマム化した。今後のライフスタイルの方針も定まったように思う。私は固定資産に関心がないことに気づいた。持ち家や自動車にそこまでこだわりがない。物欲がないのだろう。それよりも外出したり飲み歩いたり、パソコンで何か調べたり勉強したり見たりするのが好きだ。物欲がないから多趣味なくせに貯金がかなりできる。唯一の大きな出費であったカメラも軽量化によって大幅にコストカットができた。

東京で気になっているのは東向島と青井。おんな酒場放浪記で放送されていた街だ。いずれも住宅地の中に商店街が存在する面白い地域。ここらはノーマークだったので是非行ってみたい 。その他も偶然テレビで放送していて新しく発見する地域があったりする。どんどん散策していきたい。夏は昼間は虫が出るのでできれば夕方以降に足を運びたいと思う。

最近、ベーシックインカム関係の本を読んでいる。どうも労働中心の生き方に馴染まない。将来子供を設けたりする前提で健常(献上)社会に適合することが果たして意味があることなのだろうか。自分の代で終わりにするのであればそこまで金もかからない気がしている。ましてや子なし夫婦なら隔年で片方が働いて片方が休むなんていうこともできるんじゃないかと。そんなのは甘えだと非難されても無視しておけばいいと思っている。

1年の内で4月は比較的落ち着いている時期だ。イベントもないし式 典もない。そういう時間が貴重に思える。何かと行事を好む人は多い。イベント好む人は多い。正直、ワイワイやる行事は苦手だし個人活動を中心に生きていたい。人間関係は面倒だ。薄くて広い人間関係は良いのだが、固定化された社会的束縛関係は不安要素でしかない。居酒屋でたまたま隣り合わせた人と雑談する程度が私にはちょうどいいのかも。