スキゾイド雑記帳

人間害悪・人間リスクについての考察

ベーシックインカムを必要だと思う理由

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このブログをはじめ運営している各ブログではベーシックインカムの必要性を時々綴っているのですが、なぜ私がベーシックインカムにこだわるのかについて書いておこうと思います。

ベーシックインカムの定義や概要については各自お調べいただくとして、なぜ必要だと思うのか、それは最低限の衣食住が無条件で保障されるのが人間として当たり前だと思うからです。人間は自らの意思でこの世に生まれてくるわけではないので、生まれてしまった段階で幸福に生きる権利が確実に保障されることが望ましいと考えています。この考えからすれば、ベーシックインカムの導入は全世界的に容認されるべきものではないかというのが私の考えです。

今の社会は労働でお金を稼ぐことを前提とした社会ですが、仕事自体が工業化と社会の成熟化により減少しました。雇用が崩壊し、正当な報酬を支払わない企業や精神労働といわれる「人のマウンティング欲求を満たす労働」が急増しました。やるべきことがないのに「働くこと」にこだわった結果、仕事のための仕事が大量に作られることとなりました。問題点や課題を無理矢理生み出して人間が労働できる環境を持続させているとでもいえるでしょうか。

働くことの必要性がなくなったことはパソコンの普及を見れば明らかです。手書きの書類は消え、ペーパーレス化で書類自体が消えようとしているのに、いまだに紙の書類や無駄な決裁、議題が初めから了解されている会議が大量にあります。ああいうのはまさに働く必要がないのに「働かせるためにわざわざコストをかけている」こと、そのものです。全員が労働によって生活費を稼いで生きていくという秩序を守るために無駄な支出が繰り返されています。社会保障格差是正について議論する場は世の中に山ほどありますが、ああいう研究会や勉強会が事実上の飲み食い接待の場になって、既得権側の人間が富を吸い上げているわけです。

裕福な家庭に生まれ既得権を持ったり、社会的に強い立場の人間は自らの富を手放そうとしませんし、弱者を搾取して自分に富を集中させることを選択するでしょう。だから労働至上主義は終わりません。だって搾取すること自体が労働の目的ですから。機械は出尽くし、人間のやるべきことはほぼ全部自動化されています。コンビニ店員ですら店内を自動販売機方式にすればいらなくなりますし、わざわざいらっしゃいませってバカでかい声で叫ぶために外食産業に人を置く必要もないでしょう。頭のいい人ならなおさらそういうことはわかっているはずなのに、真心とか社会貢献とかいいながら「人を雇うこと」を彼らは辞めません。搾取したいからです。低賃金で搾取できる環境が整っているので、機械導入で削減できるはずのコストを人件費から削り取っていきます。結局、労働者側にいる人間はいつまでたっても権力に虐げられ、年功序列と我慢の連鎖が続きます。虐待の連鎖と同じなんですよね。

ベーシックインカムが必要な理由はここにあります。働くこと自体が悪いとは思いませんが、衣食住という人間として生存するための最低限のインフラさえも、自分を管理する人間「雇用者」「上司」「先輩」が牛耳っているのは極めて危険です。たとえば、私の上司がたまたま機嫌が悪く、私に意地悪や八つ当たりをしたとします。それがだんだんエスカレートして恒常的なパワハラになって私が鬱になったり退職に追い込まれたとします。経済的に困窮した私がどんどん転職を重ねてブラック企業スパイラルにはまり、最後には生活が持続できなくなって自殺したとします。それでも私の自己責任で処理されるのがこの社会なのです。上司がたまたまむしゃくしゃしていたことがハラスメントの起点になり、それで私が死んでしまっても「職場の上下関係なんだから多少のハラスメントは仕方ないし、社会人なんだから自分の感情くらい自分でコントロールしなきゃ」と、私が非難されて終わります。

このように、立場が強い人間が間接的にその管理下にある人間の生活を牛耳っているわけです。衣食住を労働で獲得する賃金ですべて賄う社会というのはそういうことです。上司に嫌われたことが餓死や自殺につながる場合がある、極論といわれるかもしれませんが、この構造は否定できないでしょう。衣食住の最低保障がありそれ以上の贅沢や余暇に使うお金は働いて稼ぐというのなら逃げ道がありますが、今のように社会保障の全部を企業様・会社様・上司様・老人様に任せるということは、権力のある人間や管理する人間が「社会・組織を利用した殺人」を行うことを容認しているも同然なのです。逆らえない立場の人の機嫌を取らないと自分の生活費が途絶える可能性がある恐怖に40年以上も拘束され、それが限られた人生の中心に鎮座している状況、おかしいと思いませんか?

会社が個人生活の生贄を掌握する代わりに、対価や雇用保障などを確実に供給していた時代は百歩譲ってこの構造の正当性に耳を傾けてもよかったかもしれませんが、企業が労働者をゴミとしか思っていないことは明らかでしょう。上司や経営者・管理者が末端の労働者や若者のことを考えていないことなど明らかで、利権を乱用したオッサンが弱者を奴隷のように虐げるのが日本社会の現実です。半端じゃな自殺率がそれを証明していますし、少子化の原因も経済だの草食化だの色々言われていますが、単純に「生まれるに値しない社会だから子供を作らない」だけでしょう。自分がされたくないことは他人にはしないって小学校で習いますが、それを実践しているだけです。苦しいとわかっていてわざわざそんな社会に子孫を招きたいと思いますかね。

財源がとか言われるのなら月額5万円でも6万円でもいいと思いますから、一日も早く実施してもらいたいです。衣食住を組織に支配されているのです。異常なことだと思いませんか。衣食住を支配されているということは、人生を支配されているということ、人生を上司や会社の気まぐれや感情・喜怒哀楽に委ねているようなもので、それがいかに危険な構造か、社会を悪用した合法的な生存搾取や社会的殺人が日々行われていることを、もう少し立ち止まって議論すべきではないかと思うわけです。



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