スキゾイド雑記帳

人間害悪・人間リスクについての考察

スキゾイドになった理由

別館『スキゾイドパーソナリティ障害の生存競争』も更新中です。 http://schizoid.hatenablog.jp/


私がスキゾイド・シゾイドになってしまった理由はいろいろあると思う。その中でも決定打となったことは次の4つに絞られると思われる。

1.人間関係
学校や会社の閉鎖的人間関係、意味もなく命令形で話したりマウンティングを繰り返す人間集団に対して嫌悪感が恒常的になってしまった。誰かがムカつくとか特定の対象が憎いとかではなく、人間全体に潜在的な「他者攻撃リスク」が潜んでいると考えるようになった。そうすることで自身の感情を防御していたのかもしれないが、今となっては人間社会全体に対して、他人に対して何の期待も関心も持っていない。ゆえにスポーツや芸能にはまったく関心がなく、人に傾倒することができなくなっている。ドライなかかわりや一期一会であれば何の抵抗もないが、感情と感情のぶつかりあいは結局のところマウンティングであり弱肉強食であり攻撃行動であるという解釈しかできない。だから必要以上に人とぶつかることを避けるようになった。

2.就労
就職活動の茶番劇は部活動経験がない私にとって衝撃だった。明らかに無意味なことに時間を割き、必要のない捏造されたマナーをどなり声で叩きこまれ、それらを賛美して奴隷待遇に甘んじる人間集団。そんな生き方をするくらいなら即死した方が良いんじゃないかとさえ思えるような生き方を幸福だと定義し、労働至上主義・恋愛至上主義・子孫繁栄至上主義の中でどうでもいい序列を人生の軸に置く社会一般の勝ち負け意識の存在も強く認識することになった。改めて周りを見ると、構成された人間関係は多かれ少なかれ、この序列意識に支配されており、それに対して一喜一憂することがまるで人生そのものであるかのような物言いをする人が少なくないことに気づいた。

3.男女問題
昔から馴染みだった異性がいて、結婚も考えていたのだが、その人物はいわゆる機能不全家庭で育ったアダルトチルドレンであり、親子関係の共依存を脱却できず、カウンセリングや精神科に通っている。母親の愛情に対する執着を捨てきれず、年上女性への依存やメンタルヘルス関係の友人関係へのコミットを最優先にする行動が続き、なかなか二人の関係について考えたり話し合ったり前に進むことができない。交際関係になってからも、私は家族や別の友人知人より後回しにされ続け、年に数回しか会うことがない。父親がどうしようもない人間だったので男性嫌悪・性嫌悪も激しく、性的関係を持つことへの明確な拒絶反応があり、密室で二人で過ごすことや外泊を伴う旅行は一切できない状況だ。相手からの希望で友達から男女交際の形へ昇格させたものの、もう数年以上この形を続けている。親の許可がないと出かけられない、ペットの世話、メンタルヘルス友達との約束などが優先され、私との時間や私への気持ちはどこかにいってしまったようだ。普段はメールやチャットでやりとりしているものの、大半がメンタル関係の内容や愚痴、鬱状態への励ましなどになっている。私をキープしたうえでそれ以外のことにソースを割かれているような状態だ。希死念慮もしばしば発生する様子。形だけの恋愛関係をずっと先延ばしにしながら依存を中心とした男女関係を求めている様子。詳しい説明は長くなるので以下のURLがとても参考になる感じ。ここまでは酷くないものの、根本的な構造はこれに近い。
https://sinri-navi.com/counsel/sinri/qa/601

4.家庭環境
何不自由ない家庭環境に育ち、恵まれている家庭の典型の下にこれまで生きてきたわけだが、両親は不仲だった。父も母も自分の感情を適当な形で納得して処理できないタイプの人間で、不満があると直接的あるいは間接的な手段で必ず場の空気に反映させてしまうのだ。常にトップギアで走らないと気が済まないタイプという喩えが適切かどうか自信がないが、関係を良好なものにするために適度な譲歩をしたり相手を尊重することができない。言わなくていいようなダメ出しをしたり、励まされているのにネガティブなことを敢えて口にしたり、今更どうしようもないことについて感情的に憤ったり、不機嫌を言語で説明せずに態度で示したりと、もう10年くらいこうした状態が続いている。その仲裁に入っているのはいつも自分で、たとえば風呂の順番さえも意見が食い違うと陰で溜息をついたり不満を零す始末なのだ。だったら離婚しろといいいたいが、離婚の危機に陥った時にはどちらも精神的に疲弊し、まるで自らが被害者であるかのような精神状態になっていたので、結局私が仲裁に入るしかなかったのである。