スキゾイド雑記帳

人間害悪・人間リスクについての考察。個の尊重される社会とは。

人生代行業~第4話~

別館『スキゾイドパーソナリティ障害の生存競争』も更新中です。 http://schizoid.hatenablog.jp/

数分の沈黙…私達は目の前の水割りから目をそらすことができずにいながら、時間の経過を待っていた。その後、店内が少し他の客の会話でにぎやかになってきたのを見計らったように、業者は喋りだす。

「矛盾は最大の罪だと思います。たとえば、人生に不満しか感じていない人が、何も考えずに子供を作り、ネグレクトや虐待をする。夫婦関係が上手くいっていない老人たちが、若者に恋愛や結婚を強いる。バブルの恩恵を受けただけの人間が、今の世代に偏見を持つ。ダブルスタンダードなんかもそうですけど、結局、人間はご都合主義の塊なんですよね。私の昔の友人も、いわゆるメンヘラで、何度も自殺を仄めかして随分と振り回されましたけど、今では結婚して子供が3人もいます。案の定、旦那とも上手くいっていなくて、親子関係も悪いみたいです。子供も親のようになってしまったそうで。日本人によくある、自分が我慢したんだからお前も我慢しろ、っていうやつ?ああいうのは殺人と同じ考えじゃないかと思います。少しでもそういった繰り返しを拒否しようとすると、学習性無力感などと煽ってくる人もいますよね。」

話題の急展開に戸惑う。これと商品の話は関係があるのだろうか。

次の商品の話はいったいどこに行ってしまったのだろう。もしくは都合が悪くなって中断してしまったのだろうか。沈黙が続くので、思い切ってこちらから会話を切り出す。

-あの、代行屋さんのこの仕事って、年間でどれくらいの収入になるのですか?

質問によっては消されてしまいそうで、恐怖を感じるが、代行屋は極普通の表情で答える。

「そうですね~年間で80万円くらいです。そこまでお金をいただくことはしていませんから。普段は私も別の仕事をしていて、副業としてこの代行業をしています。とはいえ、力の入れ方としてはこちらが本業かもしれませんが。ただ私は、今の収入でも十分に生活ができますので、気にしていません。子供を持つこともありませんし、その考えはブレないと思いますから、自分の生活を維持しながら貯蓄できればそれでいいんです。」

-そうでしたか。ということは他の依頼人もあちこちにいるということですよね。だとすれば私の同僚や上司なんかも、もしかしたら誰かが代行して演じているのかもしれないなあ。

「そうですね。ただ、代行屋が入った場合、依頼者が一時的に社会的存在を抹消された状態になるので、実質誰かが入れ替わるような形で存在するということはないのです。たとえば今日のあなたの場合、会社も家庭も”労働者としてのあなた”の存在は一切なかったことと認識します。あなたが元からいないもの、役割を担っていないものという認識で物事が進むので、あなたが担当している仕事も他の社員が自分の仕事だと思って進めますし、ご家族もあなたがサラリーマンだということを認識していませんから、朝外出しなくても家で家事をしててもちっとも不思議に思わなかったでしょう?こうした認知を変容させる状態を作ることこそが、代行業のサービスの根幹になります。」

-なるほど。良い意味で「無視」されるようなものですね。人間関係に疲れていたので、少し社会や世間から忘れられることを望んでいたのかもしれません。とても救われました。

「逆に意味もなく日常の負担や負荷が増えたと感じる場合は、あなたの身近な誰かが、代行業によって休息状態にあるのかもしれません。その人の不在を周りが感じることなく姿を消しますから、自然と誰かが抜けた分の負荷がかかってくるのです。」

不在の認知を作り出す仕組みについても気になったが、これは聞いてはいけないと思ったので、質問するのを控えておいた。

「ただ、本当に依頼人の代わりに仕事をする代行サービスもありますよ。それが次の商品で、現場型代行サービスです。たとえば結婚式に代わりに出席するなどがあります。式典が苦手な人は少なくありませんし、知人の振りをして出席したり、そんなサービスもあります。こちらについては依存性が高いですから、ポイント制で月に1回しか利用できないこととなっています。」

-なるほど。存在を消してしまいたくはないけどちょっと苦手なことから逃げてしまいたいときに、活用できそうですね。もし2回以上必要になった場合はどうなるんですか?

「ポイントを借りることになります。翌月にサービスを利用しなければ、それで埋め合わせが可能です。」

-代行屋さんはどうしてこんなサービスをやろうと思ったんですか?

「人間関係に疲れた人を多く見てきたからかもしれないですね。人間のブレといいますか、裏切り行為や陰湿な仕打ち、閉塞的な環境による弱肉強食で、労働社会は地獄と化してしまいましたから、そこにいる人を何とか救済したいと思ったことがきっかけです。今や学校も会社も、生き地獄でしかありませんからね。」

-代行屋さんはご家族はいらっしゃるのですか?

「おりますよ。離れていますが、都内に父母と祖父母が住んでいます。最近はさすがに祖父母は介護が必要になってきました。介護なんかも現場は悲惨ですから、それこそ赤の他人が代行業として入った方が、匿名性の恩恵で効率よく支援ができるかもしれませんね。お客さんはご家族は?」

-実家暮らしです。実家で暮らしています。

「実家暮らしも大変ですが、お金や時間をある程度安定して持てるのは魅力的ですよね。」

-ええ。私も人間関係に疲弊し、人間不信、人嫌いとまでいえるほどですから、今の環境で落ち着きます。

「人間不信の原因は何かと、私も長年考えてきました。やはりブレだと思います。感情のある人間は主張や言動も感情に左右されてしまい、その場その場のご都合主義を振りかざしてしまいます。昨日言ったことが今日は白紙になっているとすれば、その人のことを信じられなくなってしまいます。主張に一貫性や軸、論理性がないものは、そのまま倫理性の欠如につながりますから、そういった仕打ちを何度も受けると、たちまち人間不信に陥り、それは不可逆的なものになってしまいますよね。」

-代行屋さんはすごいですね。なんだか、私の言いたいことを全部言葉でまとめてくれたような気がします。

「そうですか?普段は無口なので、そんなに喋り上手みたいに褒められると恥ずかしいですね…」

-ちょっと気持ちの整理をするために、明日も代行をお願いしたいんですけど、大丈夫ですかね?

「承知いたしました。辻褄合わせ型代行サービスは料金だけお支払いいただければ大丈夫ですので。それでは、また明日この時間にここにお越しください。この後については改めて面談しましょう。」

現場型代行サービスの借り入れが相殺不能なほどの超過状態になったらどうなってしまうのか。気になったけど結局最後まで聞けなかった。