スキゾイド雑記帳

人間害悪・人間リスクについての考察。個の尊重される社会とは。

人生代行業~第2話~

別館『スキゾイドパーソナリティ障害の生存競争』も更新中です。 http://schizoid.hatenablog.jp/

清潔感のある白い封筒の中に書類が入っており、代行についての説明書きと契約書が入っていた。簡単に言えば、一日の朝から晩までの義務をすべて代わりにやってくれるというものだ。労働や人間関係についても、矛盾や疑義のないように説明するところまで含め、すべて処理してくれるらしい。怪しげな内容だが、説明がやけに現実的であり、対応した実績も何件か記載されていたので、帰宅したらネットで調べてみることにする。

その封筒の中には、申込書と契約書に所定事項を記入して指定日に先ほどのバーに来てほしいというメモ書きが入っていた。疑義を捨てきれぬまま、用紙に記入し、その日は疲れたのであっという間に眠りに落ちた。

翌朝、昨日遭遇した妙な光景を、夢か現実か判断できないような状態で、出勤する。今日も朝からロトの販売所で退職祈願をする。もはや通過儀礼や年中行事のようになっている。午前中は会議があり、来年度の予算に関する説明を求められたが、昨日の出来事が頭を埋め尽くし、何を喋っていたのか覚えていなかった。昼休みはいつもの公園のベンチでぼんやりしていた。弁当屋のオヤジが今日も元気に挨拶をくれる。こんなどうでもいい時間もいつかは終わると思うと、妙に悲しくなってきた。

午後は隣県の事務所に出張だったので、仕事を済ませた後は地元まで直帰した。早くバーに行って昨日の話の真相を確かめたい。その一心で電車に乗り込んだ。相変わらずの混雑。途中の駅で客同士の小競り合いが災いしてトラブルになっていた。狭い空間に響く罵声。二度と通勤電車に乗りたくないと思うと同時に、人混みの中でしか生計を立てることができない自分自身に情けなさを感じた。そして例の駅で下車した。

昨日と同じバーに行くと、待ち合わせの業者がそこに座っていた。今日はどうしましたか?と、初対面であることを感じさせない話の切り出し方に迷うが、正直に、今の労働生活の息苦しさと意味のない毎日に意味を見出すことへの限界を感じていることを吐露した。

業者は重く閉ざされたような口を開く。

「あなたは本当の意味で人間に疲れているのだと思います。人間が嫌いだという人はたくさんいますが、大抵の人は人間に執着します。そして他人に期待し、他人が自分の幸せや癒しになってくれる希望を捨てきれないのです。だから他人に無関心になれず、他者に腹を立てたりします。でも今のあなたは違う。人間という存在そのものに面倒臭さを感じ、誰とも話さない時間だけがユートピアのようになっている。人間関係に疲れているというよりは、人間の存在自体に疲れてしまっているのでしょうね。だから、人が織り成すあらゆる営みが忌まわしく、苦しいものに思えている。真の孤独を求めているように見える…」

内面をすべて代弁してくれたかのような妙な安堵感、心が解放されてゆく。こんな感情を持っていること自体、他人に悟られてはいけないものだと思っていた。ひたすら隠し、ひたすら希望を押し付けられて無意味な時間を消費してきた人生が、笑いの対象と思えるほどにバカらしいものに見えてきた。それにしても、この人はなぜここまで厭世的なのだろう。不思議だった。なぜそう思ったのですか?そう正直に聞いてみた。

「私自身、人間関係に疲れてしまったんです。人間の嫉妬や派閥意識、喜怒哀楽や意地の悪さ、卑怯な一面、集団心理、帰属意識…そんなものが昔から忌まわしかった。所詮はすべて作り物、芝居なのに、あたかもそれが中身を伴った実在のように人間は振る舞う。バカらしいと思わない?思ってもいない希望にすがって、直視しなきゃならない現実や他人の絶望からは目を逸らす。こんなバーチャル世界にどんな意味を見出せばいいのだろうかと思うけど。」

さらに続ける。

「私は子供も設けませんでしたし、これから先、結婚する気もありません。意味をみいだせないのです。普通に恋愛して、結婚して、育児をして、働いて、年老いて、それでよかった、幸せだった。何事も経験だ。とかいいながら、社会に迎合した惰性の価値観を物語として賛美できないんです私は。学生時代にこうした価値観の人が多く、特に女社会ではそういった特定の価値観を絶対視したりそれをブランド化することが支配的でしたので、その時点で私はこの世の中や人間社会に対して何も感じなくなっていました。」

さらに。

「たとえば、ここで私とあなたが意気投合して、互いに心を開ける仲になったとします。でもそれは別に人間と人間がある文脈で打ち解けただけの話なんですよね。端から見れば、というか世の中の多くの人がこの場面を恋だの愛だの言いますけど、そうやって無理矢理物語を作って典型的な大衆関係に当てはめて物語にすること自体が、無下ですよね。なんでもかんでも特定の結論や事象に置き換えてバカ騒ぎすること自体が、私とあなたの今回の縁を台無しにしているとさえ思います。話がそれましたが、私の基本的な考え方はこんな感じです。」

「だから今回あなたの人生が疲弊してそうで、しかもその原因が物語からの呪縛であるように思えたので、あらゆる文脈からいったん開放して差し上げたくなったんです。そうすることで、少しでも・・・」

SNS至上主義、充実至上主義の今日、こんな人間が現実社会に現れるとは、一体何が起きているのだろうか。

「1日1万円ですべての予定を代行しますよ。まずは明日、試してみませんか。」

その言葉を信じ、契約書にサインをした。

「それでは、明日朝より代行開始となります。明日の22時に効力が切れますので、またここにいらしてください。面談をしましょう。」

業者はそう告げると、店を後にした。

その日はなかなか眠られなかった。明日からあらゆる苦痛が迫ってこない安寧が現実のものとなったのに、どこか落ち着かない。しかし、せっかくなのですべてを忘れて寝ることにする。就寝前に、契約書に記載されている明日の行動ルールを再確認する。

1.身分上、明日は労働者ではないので、会社への休暇連絡等は一切しない。
2.労働していることを身内含め他人に一切話してはいけない。
3.今日が休暇であることを話してはいけない。
4.本契約について第三者に話してはいけない。