スキゾイド雑記帳

人間害悪・人間リスクについての考察。個の尊重される社会とは。

男性と話が合わない件について

別館『スキゾイドパーソナリティ障害の生存競争』も更新中です。 http://schizoid.hatenablog.jp/

同性の友人知人が致命的に少ないです。他でも書いている通り、私は同性が好むものにほとんど興味がないので、話題がなく歩調が合わないのかもしれません。私が好きなものはだいたい一人で完結する趣味なので、人間関係に派生しないからエンタメ要素がないからなのでしょうかね。たとえばスポーツ、部活、仕事、世間体、社会的地位、女性関係など、男性が話題にして盛り上がりたいようなことに無頓着・無関心なので、自然消滅した友人関係が特に同性間で多いです。

逆に、仕事はほどほど、家事が好き、飲食が好き、ぷらっと出かける、可愛いも のが好きなどの共通点で、女性と意気投合することが多いです。もちろん友人以上に親密になることはありませんし、とにかく距離感を一定に保って緩いつながりを持つことを重視していますから、薄く長続きすることが多いです。2時間程度会食して終わりなんてことが多く、しつこくしませんので、相手も特に男性だからと言って警戒せず気軽に関わってくれるのでしょう。そういう意味で、性別を意識しない間柄というのは同性、異性に関係なく貴重なものだなと思います。なんでもかんでも男性だから女性だからと世の中はうるさいです。誰だろうが気が合えば親しくなるし、そんなすぐに親友や交際関係になるわけがないですね。

こんな性格なので、相手にしつこく連絡することもしませ んし、こんな私でもSNS地獄に苦しむ現代人のセーフティネットのような役割を果たすことがあります。人間関係に病んだり疲弊する人の愚痴を聞いたりすることもあります。ただ、この類の人は親しくなるとどんどん密な連絡をしてくる場合も多く、本質的に人間に執着しているのだろうなと思います。そんなに相手の内面や人格を一つ一つ把握して批評していないと落ち着かないんでしょうかね。違う脳細胞、違う生い立ち、違う環境、違う家庭となれば、自ずと十人十色だと諦めが利く私には、ちょっと同意できないところです。

私は多くの人にとって、中身のない人間に見えるでしょう。つまんない、空っぽ、面白くない、そんな評価をされたことも面と向かって言われたこともあります。 ただ、常に人の悪口をいっているよりは遥かにマシだと思いますし、人にアピールしないだけで、実際には暇がないくらい色々な遊び、趣味、活動をしているので、本人は十分満足な人生を送っています。仕事や人間関係、通過儀礼や世間体や男女問題が常に話題・生活の中心にならなきゃいけない(つまらない)という社会の価値観がよくわかりません。

もう性別なんて廃止したらいいんじゃないかと思うくらいですね。私が性別を意識する必要があるのは、公共の場でトイレを使う時だけです。なんとなく、青色のマークの方に行くというだけ。「男」という言葉を発することも年に1度もありませんね。男だからとか男としてとか、いちいちめんどくせえなあと思います。