スキゾイド雑記帳

人間害悪・人間リスクについての考察。個の尊重される社会とは。

持続の意志

別館『スキゾイドパーソナリティ障害の生存競争』も更新中です。 http://schizoid.hatenablog.jp/


少子化の問題を社会や企業などの公の場で議論することが平然と行われているが、議論している人間が男性ばかりで、考え方によっては単なるセクハラだと思う。子供を産むのは女性だし、どんだけ大変かわかっているのかっていう話。自分が女性に生まれたとして、日常的に「少子化だから結婚して子供を作れるようにしないとね」っていう議論を聞かされる、またはそれに同調することを強いられたらかなり苦痛だと思う。というより、男性でも結婚至上主義を普段から押し付けられたり、男女でいるだけで結婚や子供の話をされたりしたら、実際に苦痛だ。まるで自分の人生が世間や社会のために存在しているかのような感じがしてしまう。

そもそも、少子化対策とか持続可能な社会とかって本当に必要なんだろうか。色々な動物が自然淘汰されてきて、人間だけがいつまでも無理矢理生き残る意味とは何か。少なくとも、子供を産むかどうかは女性に委ねるべきだろうし、子供を産めない男性がああだこうだ決めつける筋合いはないように感じる。男性が子供を産む性別だとして、同じような議論が恒常的に耳に入ってきたらどれだけ苦痛かは、労働ジェンダーを散々押し付けられている日常を考えれば容易に想像できるだろう。ジジイばかりで喋っていないで、一度若い女性に対して「人間社会や地域の持続は必要ですか?本当に子孫を残したいですか?」と聞いみたらいいんじゃないかと考える。

経済も同じで、高度成長のモデルを無根拠に持続させたいような人たちが世の中を破壊して搾取構造を固定化した。これも、当事者であるこれからの人に聞いてみればいい。総活躍と言われるが、活躍したい人間なんて本当に存在するのだろうか。ジジイが若者を苦労させ、ジオラマみたいに過去の人生モデルが容認される空想社会を創造し、それを見物したいだけなんだろうと思う。