スキゾイド雑記帳

人間害悪・人間リスクについての考察

努力教と勝負教

別館『スキゾイドパーソナリティ障害の生存競争』も更新中です。 http://schizoid.hatenablog.jp/


頑張っている人や目標に向かって一生懸命な人を尊敬はするけれど、そういう人と親密になったりそういう人の近くにいてファンになったりしたいと思うことは、正直ほとんどない。決してそういう努力志向の人を否定する意図はないのだけれど、常に何か目標やゴールがあってそれだけを見ている人と一緒にいると、息が詰まってしまいそうになることがある。

「明日のために今日を生きている」を繰り返しているように見えてしまう。先々にこういう理想が待つからそれを達成するために今がある、みたいな感覚を私は持つことができない。クズと言われようがダメ人間と言われようが、私はそうやって将来に向けて勝手に描いた期待のために今を犠牲にすることがどうしてもできない人間になってしまった。

たとえば出世やスポーツの勝利、仕事の成功なんかは明らかに自分の努力だけでなくその場に居合わせた相手とのバランスや相性、巡り合わせによって結果が左右されるし、それは勉強とか受験もそうで、運が結果を決め、支配する程度がかなり大きいと思う。それをあたかもまっすぐに突き進んでストイックにやれば結果は出る、みたいに根性論で片付けてひたすらに頑張る考え方がどうしても苦しい。

ここに書いていることは単なる思考の整理なので、何かを批判したり意見する意図はまったくないわけだけれども、最近、結婚相手はどんなタイプの人がいいかと立て続けに聞かれることがあったので、メモ書き程度に残しておこうと思う。

基本的に私は温和な人間ならだれでもいいと思っているのと、短気な人、陰湿な人がNGなだけでそれ以外にこだわりはないだろうなと認識していたのだが、最近になって「頑張らないと気が済まない人」「勝負ごとや序列にこだわる人」が新しく苦手な人リストに入ってしまった。あまり人の性質で好き嫌いや苦手意識を持つのはよくないとわかってはいるんだけれど、日常的に近い距離でかかわることを想定したときに、このタイプの人はどうしてもダメだ。息が詰まってしまう。

くだらないことを書いてしまったが、これも意味があることと捉えておくことにします。