スキゾイド雑記帳

人間害悪・人間リスクについての考察。個の尊重される社会とは。

束縛と視線の恐怖

別館『スキゾイドパーソナリティ障害の生存競争』も更新中です。 http://schizoid.hatenablog.jp/

人と向かい合って座ることが絶望的に苦手だ。電話をかけるのも苦手だ。私は視線恐怖症ではないが、これらも視線恐怖の一種なのだろうか。

人と向かい合って座ると、とても息が詰まる。ずっと目を見て話すのも不自然だし、下を向いたり目をそらしたりするのも不自然だ。

一体どこを見ればいいのか、そして相手の目を見ていると微妙な期限の変化を察してしまうし、自分が返事をしている間に相手が自分の方向を直視しているのがとても怖い。横並びで散歩しながら喋るのが最も気楽な姿勢だと感じる。

電話も苦手だ。相手が一方的に聴いている中で喋らなければならない。当然、ゆっくり話したり息が詰まったから休憩することも許されない。ただ急かされているような感覚だけが残る。最悪なのが事務職の労働現場などで周りが静まり返る中で電話をしなければならない時。

電話を取り次いだりするのを日本の職場は若者にさせたがる。携帯電話を持って直接受けるという文化がなく、固定電話で無意味な取り次ぎをマウンティング代わりにさせ続ける。このせいでずっと電話が鳴る圧迫感とワンコールで取らなければならない緊張感にさらされる。

そして島型のオフィス。視線から解放されることがなく、緊張状態が続く。ブラックだとかホワイトだとか人間関係がどうのこうのとかいう以前の問題だ。ブースで区切られていればまだマシだが、結局は労働している限り監視された状態、晒上げされた状態が続く。

事務所の形態・配置が変わらない限り、私のような人間は、組織に所属してい る限りどこにいても労働を苦痛と感じることに違いない。