スキゾイド雑記帳

人間害悪・人間リスクについての考察。個の尊重される社会とは。

笑顔さえあれば余裕だよ

別館『スキゾイドパーソナリティ障害の生存競争』も更新中です。 http://schizoid.hatenablog.jp/


常に笑顔で生きていたいと思っている。この国の人々はイライラしすぎだと思う。仕事にイライラ、恋愛にイライラ、家庭にイライラ、全部がイライラでできている。先日、「まわりがみんな結婚してるから、自分も早く結婚しなきゃ」という意見を聞いたが、とても恐ろしい思考だと思った。周りがやっているから自分もやらなきゃという理由で、誰かを愛するわけでもないのに無理やり婚活などで相手を見つけて結婚して、世間体だけに縛られて仮面夫婦になって、同じように世間体のために子供を作って育てて、上手くいかなかったからイライラして、そういったことを繰り返して常に焦ったり不安になったり周りと比べたりしながらずっと精神衛生が安定しなくてあっという間に老けていくというライフスタイルになるのが見えている。そんな人生を歩むことに何の意味があるのだろうか。

ダメ人間に対する社会の目線は相変わらず厳しい。飲んだくれやギャンブラー、フリーター、ニートなどに対する誹謗中傷は今日も社会に蔓延している。強い違和感しか覚えない。なぜなら、そうやって批判する社会適合者がちっとも幸せそうな人生を送っていないからだ。イライラしながら出勤し、イライラしながら人間関係を維持し、イライラしながら配偶者との生活を構築し、イライラしながら育児をする。そしてそれらが全部「老後の不安を払拭するもの」として妄信されている。

馬鹿らしいことこの上ないと思う。日本人はセロトニントランスポーターの性質により、ネガティブな人が多いという。ネガティブというよりは不安を感じやすいというものらしい。不安を感じやすいから同調圧力や、コンプレックスから来る他者への攻撃性・排他主義につながるもののようだ。そんなに不安に思うくらいなら、出世も結婚も子育ても諦めて、今の自分たちの代で人間の歴史を終わりにすればいいじゃないか。それくらいに思えないところが病気だと思う。人工知能が発達したら、仕事はロボットに任せて、人間はベーシックインカムでひたすら楽しむことと消費することに集中すればいいじゃないか。そんなふうに思えないところがもう病気だと思う。

こうじゃなきゃいけない、ああじゃなきゃいけない、そうやって生まれてから死ぬまでずっと椅子取りゲームを繰り返しながらイライラしながらあらゆる人を攻撃し、排除し、何が楽しいんだろうか。まったく理解できるものではない。こんな世界に新しい命を招待したいとは思えないので、私は子供を持つこともないだろう。さようなら社会。この代で私の苗字も終わるだろう。さあ、祝福の酒を開けようじゃないか。