スキゾイド雑記帳

人間害悪・人間リスクについての考察。個の尊重される社会とは。

労働のための生命

別館『スキゾイドパーソナリティ障害の生存競争』も更新中です。 http://schizoid.hatenablog.jp/

東京医大で女性受験者や浪人受験者が意図的に減点を受けていた事件を知って、まあそんなもんだよなというのが正直な感想だった。性差別は存在するし、実際にあってはならないことだけど、面接をやる以上はどう頑張っても公平なものになるわけがないと思っていたからだ。減点措置もあってはならないことだが、それ以前に面接や入学後の女子学生への暴言やハラスメントをどうにかした方がよいのではないかと思う。

卒業後の離職問題については実際のところ懸念としてあるのだろうけれど、労働戦力にならないからといって学びの場から排除する理由にはならないし、労働力になるかならないかでしか人を評価できなくなっているこの社会にむしろ危機感を覚える。 人が足りないなら女性を差別せずに全体の募集を増やせばいい話であるし、老害が言う「医師の過剰供給」も、結局は既得権を独占したいだけで、現場の人間や若手・研修医は奴隷のように扱われているわけだから、医学部全体がブラックなんだろうなとは思う。

東京五輪のボランティアのために学生を動員しやすいような配慮をしろと、国が教育機関に要請しているらしい。それと似た空気を感じる。結局は労働のためにあらゆる学びが存在し、労働のために生まれ、労働のために生き、労働のために結婚し、労働のために育児をすることが、国民に求められる生き方と死に方なのだろう。そう考えるとますます子供を儲けようとか新しい生命を生み出そうという気持ちが遠ざかるし、本当に社 会が人間を労働や税金のためとしか思っていないのだとしたら、もはや新たな生命を作り出すことは現世への拉致に等しい。