スキゾイド雑記帳

人間害悪・人間リスクについての考察。個の尊重される社会とは。

私が怖いもの

別館『スキゾイドパーソナリティ障害の生存競争』も更新中です。 http://schizoid.hatenablog.jp/

組織活動に関心がないので、会社労働よりも家事の方が好きだと話すことがあるが、思わぬ方向に炎上することがあるので、ちょっと注意しようと思った。私にとって家事とは身の回りのことで家のことをやることを意味していて、料理・選択・掃除・買い物などを指している。それは勝手に私が思っていることで、「家事=世帯がある前提の家事」と解釈する人が少なくない。当たり前といえば当たり前なのだが、この定義が支配的である場に出くわすことが多い。この定義でいえば家事には育児が含まれる。

家事が好きだというと、基本的に子育てを希望しているかのように解釈されやすい。それは家庭イコール子供という認識が一般的だからだろう。結婚イコール家庭イ コール子供という感じだろうか。家事は好きだけれども時に子供を持ちたいとは思わないというと、一気に「家事をやらない、担わない人」というレッテルを貼られる。まだまだ子育てはみんながやりたいと思っているものだという認識が強いのだろう。

私は子供が嫌いではないが、怖い。思ったことを躊躇うことなく口に出し、不満があればすぐに騒ぎ、そして周囲の大人は無条件に子供の味方についてくれる。育児休暇に入っている人が子供を連れて職場にやってきたときも、周りはとても騒いでいたが、私はそのテンションについていけなかった。子供の無邪気さを遠目で見守ることはできても、近づくことは難しい。動物に対する私の構え方と同じかもしれない。基本的に生き物が怖いのだ。