スキゾイド雑記帳

人間害悪・人間リスクについての考察

ACと私の10年間

別館『スキゾイドパーソナリティ障害の生存競争』も更新中です。 http://schizoid.hatenablog.jp/


2010年代は私がメンタルヘルスアダルトチルドレンに深くかかわった時代と言えます。深くかかわったというと自分が当事者だという感じがしますが、私はあくまでもそういう人たちを見てきた側の人間なので、当事者の苦悩や気持ちを十分に理解できていない見解がここに書かれているかもしれません。メンタルヘルスを背負う人を支援してきた記録として、また男女関係に準じた人間関係を経験した記録として、ここらで思うところをまとめておこうと思った次第です。3000日を超える時間の出来事の一部ですので、細かな事実とは必ずしも合致しないところがありますが、とりあえず書き残してみようと思います。

読者の方の同情や同意を求めるために書いたものではありませんので、批判や非難も歓迎します。コメントなどに書いていただければと思います。私が思っているこの記事の目的は、同じような経験をされた方と具体的なイメージをもって話題を共有できないかという試みです。期間が長いのでなかなか同じような経験を持った人がいない、なかなかどころかほとんどいないと思われるため、リアルな人間関係はもちろんのこと、インターネットの匿名世界の中でもなかなかこの話題を取り上げることができずにいました。

たとえばブログに書くにしてもこんな話題のカテゴリーはありませんし、ACの問題を扱うコミュニティは当事者同士の交流の場がほとんどで、その周囲にいる人間同士のコミュニティはほとんど見たことがありません。だから自分が今置かれている立ち位置で同じ目線でこのテーマを考えられる人と出会ったことがありませんでした。そこで、そこそこフォローしてくださっている方も増えてきたツイッター・それと連動して運営しているこのブログの方にまとまった記事として文章をアップロードしてみようと考えました。前置きがとても長くてうっとうしいスタートになってしまい恐縮ですが、次の段落からが本題です。長いです。20分くらい読むのにかかると思います。もしご興味がおありでしたら、しばらくの間お付き合いいただければと思います。

Aと私が出会ってから10年が経過しました。10年も婚約者でありながら未だに結婚していません。現在私は28歳、18歳の時点でこの人物と関わっており、家族のように親しくしてきたにも関わらず、結局結婚には至りませんでした。正確に言えば、Aが私と結婚したいと意思表示しているものの、今は無理だという主張を続けているので、それを尊重して待ち続けている形になります。私にはひたすら可能性の不確かなAの言動を信じて待つことしかできないのですが、さすがにこの境遇を誰かに聞いてほしい、誰かに弱音の一つでも零さないと発狂して死んでしまうかもしれないと考え、今回、まとめてみようと思った次第です。

結論からいうと、Aはアダルトチルドレンであり鬱病でした。出会った当初はお互い学生でしたので、一緒に受験や就職活動を頑張り、落ち込んだ時には励まし合い、オフの日には美味しいものを食べたり遊んだりする関係でした。しかし、Aは家庭環境に大きな欠陥を抱えていたり、学生時代にいじめられたりするなど様々なトラウマを抱えていたのです。最初からこうした過去の傷心があることも把握していましたが、それは私と楽しい時間を過ごしたり過去の傷心エピソードをひたすら聞いてAを肯定することで緩和すると当時の私は思っていました。しかしそれは間違いでした。

Aの異変に気付いたのは就職活動の時でした。就職活動をするにあたって、Aは非常に高いプライド・見栄を表出するようになりました。社会で活躍することに何一つ興味がない私とは正反対に、Aは社会で承認されること、人に承認されることを強く求めました。これほどに承認欲求があることをこの時初めて知りましたし、私がAを承認してあげることでは相手の承認欲求は満たされないのだとわかりました。要するに余所者の承認がほしいわけです。当時は就活自殺が問題になった時期でもあり、私もAも無職期間を経ることになりました。それだけ、かなり苦しい結果に終わりました。

Aは病みました。死にたいという言葉が顕著に出るようになったり、私に攻撃的な言動を見せるようになりました。いじめられていた時期に一時期陥っていた自傷行為を再び仄めかすようになりました。私にはどうすることもできないとその時思いました。そしてこのタイミングで家庭に大きな欠陥があることや、これまで家庭でAが相当に苦しんできたことを改めて知りました。

Aの家庭は劣悪の極みでした。経済的こそ裕福でしたが、父母の仲は最悪で、実父が重度のマザコンでした。Aから見た祖母にべったりで、三世代同居の過程においてAの祖母は神様みたいな扱いになっていました。Aの父が不倫を繰り返しても祖母はそれを咎めるどころか嫁に魅力がないからだとAの母を責めました。義父母や夫にいびられながら衰弱する母親を見て育ち、さらに成績や生活のことで散々実父から罵倒され、否定されてきたAは家庭に居場所を失っていたのです。

Aはおとなしい性格なので、家庭内でのストレスの最終処分場にされていました。横柄な祖母、それに従い威張り散らす父、旦那に冷たくされる母、母のストレスの矛先がAに来ます。これは想像を絶する地獄といえるでしょう。試験で悪い点数をとったり具合が悪くなったり受験に失敗したときも物凄い勢いで罵倒されていました。希死念慮が芽生えるのも無理がない家庭環境だったのです。学校でも居場所がなく、家庭でも結局は学校と同じような「カースト制度」の支配下にあったわけですから。

私も大学卒業後、就職活動の気持ち悪さに拒絶反応を覚え、プラプラしていた時期があったものの、とりあえず労働することになりました。この時点でAはメンヘラの類になりかけていましたが、私がとりあえず将来一緒になることを前提に貯金をしつつ働くということでなんとか落ち着きました。Aがメンタルの不調を治療するまでは私が当面頑張るといった契約です。実際に数年間で1000万円の貯金をしました。Aはその後パートを始め、私がフルタイムで働くというすれ違い生活が始まります。

双方が経済的に自立したので、そろそろ結婚あるいは同居を視野に入れた今後の計画を立てようと話をしていたところ、Aから恋愛がしたいと言われました。これまでは家族的な関係を築いてきたけれど、いわゆる恋愛的なことをしてみたいというのです。彼氏彼女というステータスがほしいようなそんな感じでしょうか。関係を発展させることを条件に私はそれに答えました。サプライズ告白がほしいと言われたので、プレゼントを用意して芝居をします。これだけでも大変でした。そして交際という関係になったその日から状況はさらに一変します。

それを知ったAの母が、交際に反対したのです。遊びの関係なら良いけれど、もっとステータスのある人間にしろと言っているようなのです。色々とケチをつけられましたが、本音は自分の子供が自分の支配下から独立するのが許せなかったのでしょう。そしてA自身も自分の母親に依存していたので、親の意見に流される形になってしまいました。つまり、結婚など当面は考えられないというものです。私はちょっとそれはあまりに酷いのではないかと意見しましたが、そういう言い方をするとAは自己嫌悪に陥り、自分が他人を不幸にするだとかそういう自戒的な言葉をちらつかせてどんどん病んでいくので、意見することもできなくなりました。

Aは私と恋愛がしたいと主張しましたが、それは深夜に長時間長電話したりサプライズプレゼントを交換し合う、病んでいる自分を延々と慰めてくれるような相手を求めていたにすぎませんでした。私の気持ちや都合にはあまり興味がないのか、あるいは考える余裕がないのかもしれません。確かにこんな生い立ちと境遇で何年も耐えていたわけですから、自分が主体となって関係構築したり世帯を持ったりすることなどできるわけがないですね。

親の支配下にとどまることを選択した私のAは、仕事と家の往復しかしなくなり、なおかつ家庭環境は悪いままなので、やはりメンタルが右肩下がりになり続けました。実母も家庭内では苦しい立場にあったので、共依存が完成していたのかもしれません。この頃からSNSでメンタルアカウントをやってみたり、メンタル持ちの友達と親しくなったりする動きがありました。ますます私との結婚などどうでもよくなってきている感じでした。病院の精神科に通い始めたのもこの時期でした。

相手が結婚の話を拒否するようになったのはちょうどパニック障害と認定された時期でしょうか。自分の過去や親との関係を整理しないと他のことは考えられないと言われました。それから4年が経過しますが、いまだに毎週のカウンセリングで自己嫌悪と母性依存に苦しんでいる様子です。

何か私に意見を求めてくるときも、私が客観的に正しいことを口にしても「でも○○ちゃん(メンヘラ友達)は**だと言っていた」とか「周りの女の子はみんなこんな恋愛をしている」という条件環境下での一般論を主張してくるようになりました。こうなってしまえばもう何も言うことができないので、ニコニコしながらただ黙って頷くことを続けます。

Aは私のことを大事に思っていない。だったらAは私から離れればいいのではないかと誰もが思うでしょう。しかし、メンタル持ちの人の恋愛観は特徴的で、依存相手を必ずしも大事にするわけではないというものです。依存相手は自分を一方的に満たしてくれる存在であって、自分が愛情を注ぐのは他の対象だったりするわけです。Aの場合もそうで、私に愛情を求めてくる一方、私が求めると苦痛や拒絶反応を見せることがしばしばありました。たとえば二人で遊ぶ予定を決めるときも、他の友達や家族との予定が後から入ったにも関わらず、私との予定をキャンセルするのが当たり前なのです。

このような試し行動はメンタル持ちの人に多いようで、無理難題を突き付けて相手がそれに答えてくれることを愛されていると実感するようです。相手には限界まで我慢させて、それでも自分のために尽くしてくれるのが恋愛だと思っているのでしょう。実際にAはいつまでも自分が不幸でいて、それを周りが慰め続けてくれることを望んでいるように見えました。それはAの友人も同じです。被害妄想を年中思い付き、LINEでも頻繁にそれを切り出してきました。親の愛情が欠乏しているので、母校の教員やカウンセラーなどの大人に依存することが多く、それらに嫌われていないかという被害妄想や一喜一憂を年中私にぶつけてきました。私はひたすら安心させようとしましたが、それは否定的なことを言われて潰されるだけです。つまり「どうせ私なんて生きてる価値がないよ」と敢えて発言し「そんなことないよ」と言われたいわけです。

そしてAはメンタル友達の紹介でカウンセリングを受け始めました。親子関係、自己嫌悪、被害妄想など、色々なことを毎週相談しているようです。カウンセリングを受けてAははじめて自分がアダルトチルドレンだと認識したそうです。精神科もずっと続き、抗鬱剤を複数常用するようになりました。薬の影響で眠くなることが多くなり、毎日のように長い間昼寝するようになりました。昼夜逆転や夜中のパニックが起こるようになっていました。風呂に入ることも相当なストレスなようで、普通の生活をすることが困難になりつつありました。それでも、自分は優秀じゃなきゃいけない、褒められたいという幼少期の否定教育に起因する承認欲求との葛藤は根強く残っていました。

Aのメンタル友達が私にコンタクトをとってきたこともありました。もっとAをきちんと癒せとか、親友である自分が一番Aのことをわかっているとか、わけのわからないことを言ってくる人が多かったです。なかなかつらいものがあります。Aはメンヘラ友達のわがままや主張を全部受け入れていたので、メンヘラ友達はやりたい放題になっており、それでもAはそれらが自分に依存してくれていることに満たされているようでした。Aは依存関係に一喜一憂しながらも、それでしか満たされないのかもしれないなと思い始めました。

カウンセラーも私のことをあまりよく思っていないようでした。情熱が足りないだとか一昔前の恋愛観を持っている人で、感情が淡泊な私のことを批判的にとらえていました。そりゃあ私も昔は感情ももっと入っていましたし、Aと普通に親しくしていくつもりでしたが、これだけ放置され続け、ずっとメンタル介護のようなことをやっていたら、もう恋愛も結婚もどうでもいいと思ってしまうわけです。この社会は恋愛至上主義なのでそういう考えは理解されないようですが。

同じ時期に、祖父母が介護が必要な生活に陥りました。今は亡くなっていますし、介護は最晩年の数年でしたが、祖父母の関係もメンタル介護の関係に近いものでした。祖母はとても良い家庭に育ち、何もしなくても周りが全部用意してくれるような環境で生きてきました。祖父は婿入りした身なので、祖母の我儘が全部通っていたのです。祖母は何か1つでも欠乏が生じると鬱状態になり、その不快感を周囲に示してくる性格を徐々に強めていきました。私はかわいそうというアピールをして、周りがそれに必死で食いついて奔走することでしか愛されているという実感を持たない状態になっていました。祖父が先に病気になったのですが、闘病しながら祖母のご機嫌伺いをしていたので半年もしないうちに祖父も鬱病になりました。そして闘病に耐えられず亡くなりました。

今思えば、祖父母も共依存関係かつ祖母がメンヘラ支配主義という現代のメンヘラ恋愛の高齢者版ともいえる関係だったのかもしれません。それを見ていると、あるいは介護全体を俯瞰してみると、一番おかしな主張をしている人の意見がいつのまにかどこまでも許されるようになり、それに支配されている人間同士が互いに消耗しあうようになる構造が見えてきました。それは労働者が経営者の下で消耗戦をすることや、減点評価や不平不満の掃き溜めになっている日本の恋愛至上主義に通じるものがあると思います。

ちなみに私はこの世に希望を持っていませんし、学校教育の気持ち悪さに嫌気がさしているので、二度と学校という場に関わりたくありませんから、子供を持つことにも消極的です。一方、Aはこれだけ人間関係や家族関係で苦しんでいるにもかかわらず、子供は好きで、子供はほしいそうです。その辺はAの純粋さや優しさなのでしょう。動物が好きだったりするので、同じような感覚でしょうか。

ただ、Aには強い性嫌悪があり、この10年間一度も性関係を持つことはありませんでした。性嫌悪と子供が欲しい欲求の葛藤も、また病む要因の一つになっているようでした。人工授精で何とか子供を授かりたいというほどに、実父の不倫関係をトラウマとした性嫌悪が強いようです。また、性関係を持つことは、Aにとって「親を裏切っている行為」に感じるようで、生理的嫌悪感を覚えるそうです。私はそこまでして子供が欲しいと思いませんし、そういう心理状況で子供を作ったとしても、今度は子供に依存したり育児中の夫への生理的嫌悪感が増長することも考えられるので、子供はますますやめておいた方がよいだろうと考えています。

この話を改めて考えた時、私は果たしてAを異性として意識しているのだろうかと疑問に思いました。そもそも、異性と特別な関係になったり、性的関係を求める欲望が私の中にあるのだろうかという疑問です。正直、この時点で私はAのことをパートナーではなく子供のように思っていましたし、対等に向き合える人とは思っていませんでした。一方的にメンタルケアをしなければならないという強迫観念があったからです。加えて、Aの周辺のメンヘラの人々や、Aの周辺の人たちの恋愛模様(ほとんどが浮き沈みやトラブルを抱えている)をみていると恋愛自体に悪いイメージしか持てなくなりつつありました。恋愛ドラマがテレビで流れているとチャンネルを変えたくなったり、恋愛の話題になると急に面倒臭い息苦しさを感じるようになっていました。

私は人生は楽しんだもの勝ちだと思っていますし、昔と異なり勝敗とか優劣とかそういうものはどうでもよくなっているので、そういうことを年中気にしている人とは話が合いません。ただ平和に、平穏に、程よい距離で関わればよいだけではないか、一期一会みたいなものを適度に獲得してその中で人とのかかわりを維持していけばいいんじゃないかというのが正直なところです。だから特定の人と交際すること自体が、自分の望みではなかったのだということを薄々感じています。

Aの友人の恋愛の愚痴なども散々聞かされました。Aの友人の中にはなぜか私と直接コンタクトをとることを求めてくる人がいました。ラインなどをしましたが、中身のほとんどが愚痴でした。それもほぼ人間関係や男女問題に関する愚痴でした。こちらも真摯に向き合いましたが、結局は相手の感情の浮き沈みに付き合うだけであり、同じことの繰り返しでした。恋愛する⇒悩む、悩まない⇒恋愛しない、という数学の命題のような理屈を持ち出せば、恋愛しないことが病まない悩まない唯一の方法のように思いますが、それは上にも書いた通り労働と同じで、辞める選択はないのでしょう。

日本は配偶者の愚痴や悪口を言う人が多いですし、私の身の回りの夫婦も夫婦仲が良い人を見たことがないです。なのにみんな口をそろえて「結婚はまだなの?誰かと付き合えば楽しくなるよ毎日!」と私をあおります。自分の配偶者の文句ばかり言っている人が結婚を推奨してくるわけです。そういうのは適当に流せばよいのですが、私の場合は実際に今Aの気持ちと病気の変化を待っていなければならず、おそらく状況が好転することは永遠にないので、ずっと他人に言えない微妙な被依存関係を維持したまま独身生活を続けることになります。恋愛に興味がないといえば変だと非難されますし、相手が見つからないといえば周りが勝手に人を紹介したり見合いの話を持ち掛けたり、本当のことをいえば親はAを非難するかもしれないので、結局適当に誤魔化すしかないです。

そしてAもいつまでも先延ばしにすることを今は望んでいますが、いざ結婚となればおそらくすぐに子供が欲しいと騒ぐと思います。私への愛情は依存以外一切ないわけですから、Aが結婚を決める理由はおそらく子供となるでしょう。そうすると、私が実質Aと子供全員の面倒を全部見ることになりますし、晩婚が妊娠出産に影響して、それで精神不安定や鬱が続くことも考えられます。それを全部一人で背負ったら私はおかしくなってしまうと思います。いっそのこと病気が治ったら私のことを捨ててくれた方が楽なのかなとも思ったりします。

結局、過渡期は私がAとの関係の進展を糧に頑張ろうと思えたからこそ、私たちの関係が親密だったものの、私もだんだん疲れてきて、自分自身の余暇や趣味で満足しようと心を入れ替えて、Aとのかかわりはあまり没入しすぎない程度にして、そして来ることのないAの結婚意志を待とうというスタンスに変えました。

さらに労働が私の人間への無関心に拍車をかけました。5年前から労働者となりましたが、組織や年功序列、人間ヒエラルキーや無意味な茶番のすべてに失笑し、失望しました。失望といっても悩んだわけではなく、「あー人類はもうおしまいだな」という明るいニヒリズムのようなものです。学生時代は部活や行事などを全部面倒なので不参加で通していましたし、幸いにもそれでいじめられたりしなかったので、あまりに人間社会で生きるだけの体制がついていませんでした。

そして労働社会に出て思ったのが、人間の多くが男女関係が大好きだということでした。恋愛や性を盲目に崇拝し、それらが人生の価値観の中心であるかのようにとらえる言動を何度も見ました。たとえば宴会の誘いも「カッコいい男性やかわいい女性が来るよ!」という誘い文句で人を集めるのが常套手段になっている人がいましたが、私にとっては誰が来ようが仕事の宴会なんて苦痛でしかありませんし、仮に好意を持っている人がその場に来るとしても、大勢の中でその対象に近づこうとは思えません。

お察しだと思いますが、私は恋愛だの人間関係だのよりも、電車でプラプラ旅している方が遥かに楽しいですし、一人でのんびり酒を飲んでいる方が遥かに楽しい人間なので、こうした労働や異性関係の経験が人間から遠ざかる大きな契機となったことは間違いないと思います。次第に、Aとの関係の発展にこだわることもなくなりました。Aが他の友達のライブやイベントに私を誘ってきても、乗り鉄の予定を優先したりすることが今では普通にあります。そのような行動を「趣味に逃げている」と非難してきた人も何人かいましたが、それは相手の解釈の自由ですから、特に気にはしていません。

とはいえ、私がAと長い付き合いの親しい仲間であることは変わりはありませんし、Aの人間的魅力もたくさんあるので、決してAに対して悪い印象を持っているわけではありません。関係が進展しなくても友人であることには変わりありませんし、気楽に関われる部分も大いにあります。互いに短所がありそれを容認したうえでできることをやっていく関係であれば、関わる中で重荷になることもありませんから。ただ、一方が過大な要求をしてきたときに、破綻のリスクが急激に生じます。

ただ、恋愛は労働と同じで人間を搾取するシステムだと確信しましたし、恋愛をすることで当事者間の関係は時として悪いものになるとわかりました。とりわけ精神疾患があったり喜怒哀楽が激しい躁鬱傾向の人間が恋愛にかかわると、どうしようもない泥沼になることもわかりました。

Aはもしかしたら私にも一緒に病んでほしかったのかもしれません。同じように、亡くなった祖母も、周りの家族に一緒に暗い部屋でしみじみとネガティブな世界観を共有してほしかったのだと思います。けれども、私は絶対に自分はメンヘラにはなるまいと決めています。生まれた以上、元を取りたいと思っているからです。かなわないことなどさっさと諦めて他のことを楽しむ。嘆いている時間も怒っている時間も勿体ない。それを学生時代を終えて痛感したからです。だからそこだけはこれからもきちんと線引きしていくつもりです。

また、これだけを読むとAは相当に毎日塞込んでいるように思われるかもしれませんが、普通に他の友達と楽しく出かけているときもあります。ただ、楽しい気持ちや記憶が続かず、理由もなくイライラしたり気分が落ち込んだりするときが年中あるので、何か楽しませたり相手の欲求を叶えたからと言ってそれが明日の平穏につながるわけではありません。365日常に気持ちの浮き沈みとの闘いです。私は嫌なことに腹を立てるくらいならそこから逃げればいいとしか思わない性格なので、他人や社会に期待することもありませんが、Aは私に依存しているので私がここで蒸発するわけにはいかないです。

こういうことを書くと自意識過剰と言われやすいですが、主な依存先に愛着や物理的親密性を示していなくても、アダルトチルドレンにとってはそれが活動の基地のようなものなのです。ごみ屋敷でも自分の部屋が一番大事なのと同じです。大切にしていなくても依存するというのはそういうことです。

Aも今は自分自身のことや依存対象の人物への執着に精一杯な感じで、今年に至っては半年で3回しか会いませんでした。依存されているので毎日ラインはしていますが、予定もなかなか合わないので時間・空間の共有は今後も減り続けると思います。今後新しい恋愛をするだけの気力もないですし年齢的にももう手遅れでしょう。そもそも誰かにモテるために何かを頑張るとかいうのが致命的にできないので、今後もAに依存されつつも、シングル人生を楽しめればいいかなと思っています。Aは親ベッタリなので親が命令すれば私を手放して見合い結婚でもするつもりでしょうから、場合によっては一人で生きて一人で死んでいく覚悟をしなければなりません。

一方で、Aの交友関係も以前より広がっており、居場所を感じる場面が増えてきています。活動の種類も以前より増えていますから、自己肯定を得られる時間が増えることを願うばかりです。アダルトチルドレンの特徴である自己否定は本当に完治が難しく、これが最大の壁になっています。これが治れば状況は相当に改善すると思いますし、支援する側もやりやすくなることは間違いないでしょう。

ここまで読んでくださった方には感謝しかありません。私はこんな人間です。10年間、楽しいこともありながら、すべての根底にはメンタルヘルスの問題が潜んでいました。事情が複雑すぎて家族にも友人にも話せませんでした。そろそろ結婚の話をふっかけられるアラサーになり、精神的にきつくなってきたのでこの文章を書きました。こうやって書いていると、Aとの出会いや就労はあくまでもきっかけであって、私のもともとの性格が対人関係を回避する信号を出し続ける性質のものだったのだろうと改めて感じます。ある意味、Aが病気だからこそ、同じく病的な性格である私のことを許してくれる存在であり、私もその環境を好都合なものだと思ってこれまで過ごしてきた部分があったのでしょうね。少しすっきりしました。ありがとうございました。