スキゾイド雑記帳

人間害悪・人間リスクについての考察

業務売買

別館『スキゾイドパーソナリティ障害の生存競争』も更新中です。 http://schizoid.hatenablog.jp/


業務の売買ができればどんなに楽だろうと思う。たとえば、会議の仕切りや人間同士の調整が得意な人もいれば、黙々と作業するのが得意な人もいる。対人折衝や宴会が好きな人もいれば、清掃員として働きたい人もいるだろう。あるいは、事務職だとしても得意なものと不得意なもの、あるいは楽なものと苦痛なものが人によってさまざまだ。

会議の司会を任されている人がいる。人前で話すことがとても苦痛で、そのためにストレス胃炎を起こすレベルだとする。一方、その会議では裏方に回っている人が人前で喋るのが好きで、地味な作業は嫌いだとする。この時、両社が業務取引をすることができれば、労働ストレスが互いに緩和するのではないかと思う。Aさんは司会 業をBさんに譲る。Bさんは裏方の書類組をAさんに譲り、自分が司会を行う。それらは金銭を伴わない取引でもよいが、仮に司会業が客観的に見て書類組より付加の大きい業務だとすれば、ここに金銭取引があってもよいだろう。

AさんはBさんに司会業を任せる。その代わり、Bさんは司会業を引き受ける費用として2万円を受け取る。BさんはAさんに書類組を任せる。その代わり、Aさんは書類組を引き受ける費用として5千円を受け取る。このようなイメージだ。たとえば私が主催会議の段取りや先方との折衝を苦痛に思い、それが日常生活に影響を与えているとする。かといって、それを同僚に頼むわけにはいかないし、人に押し付ければ不公平だ。一方で、同僚に「この仕事、お願いできないかな。報酬は50万で」といったら、同僚は喜んで受け入れるかもしれない。

色々なタスク処理が商品化され、適性や得手不得手に合わせた業務売買ができれば、労働による心労も少しは緩和するのではないかと思う。経営者的にそんなことを許すわけがないが、同じ事業所で同じ階級でも、同じ報酬を欲しいとは限らない。だとすれば、働きたい人間は多くの業務、または高度な業務を同僚から引き受け、サービスとして販売すればよいし、給料が多少減っても精神の安定がほしい人間は、心労に影響する苦痛な業務を同僚に任せる代わりに、サービスとして購入すればよいのである。司会がきついから50万円で同僚を雇って変わってもらう。とすれば、変な罪悪感もなくなるだろうと思う。休暇や役職も同じように売買出来たら面白いと考えているが、あまりこういうことをいうとこの国では罵声を浴びることになるので、この辺にしておこうと思う。