スキゾイド雑記帳

人間害悪・人間リスクについての考察

駅前の尊厳剥奪

別館『スキゾイドパーソナリティ障害の生存競争』も更新中です。 http://schizoid.hatenablog.jp/


人間の尊厳を傷つけているという理由で性産業を非難する意見を聞いた。性産業の存在自体についていろいろと思うところはあるし、こうした仕事に従事しながら貧困の悪循環に陥っている人がいることを知っているので、その意見について一定の理解は示しているつもりだし、賛同できるところもある。

ただ、この非難というのが、性産業で女性労働者を搾取している経営者や利用者ではなく、働いている女性労働者自身に向けられていることに計り知れない違和感を覚えてしまう。社会構造下でセーフティネットの欠乏によってこうした産業に追い込まれてしまった人々に対し、真っ当な生き方ではないなどと批判したり低い評価を向けることは、自己責任論の正当化に過ぎないと思う。

そうやって特定の産業を非難する人にいわせれば、人間の尊厳を傷つける仕事とそうではない仕事があるという。そして、人間の尊厳を傷つける仕事は一部の仕事だけだという。今回の意見で出てきたのが性産業従事者ということだ。では芸能界はどうだろう。芝居で身体を他者や大衆に差し出す役者が存在する。これは人間の尊厳を傷つける仕事ではないのだろうか。批判論者の根拠に沿えば、性を売りにするものはすべて真っ当でない仕事なのだから、アイドル商法などを含む芸能界はアウトだろう。

尊厳を傷つける仕事はほかにないだろうか。私たちの労働内容は個人の尊厳を傷つける仕事ではないだろうか。そうでないのだとしたら、労働自殺や精神疾患がなぜこれほどまでに社会問題になっているのだろうか。尊厳が傷つき、心身ともに疲弊する活動だからそうなるのではないだろうか。

労働自体が搾取であるならば、それは個の剥奪であり、個人レベルでいう尊厳の剥奪に他ならないと思う。営業活動、接待、パワーハラスメント、低賃金労働、どれも個を極限まで蔑ろにした精神的搾取であり、弱い立場の人間がどこまでも醜態を差し出すことを強要される時点で、精神的凌辱に近いものを覚える。学校はどうだろう、友達関係はどうだろう、そうやってこの世界のいたるところで「個の尊厳の剥奪」が行われているのだ。

真っ当でないと決めつけた特定のカテゴリーを名指しで批判することで、それ以外のものが健全であると、人々は決めつけたいのかもしれない。決めつけて安心したいのなら、それは好都合だ。今回、性産業従事者を非難したこの人物は接待と社内政治に奔走しているが、それが健全であり、この人物の言う世の中に蔓延するその他無数の業界がどれもまともだなんて、到底思えないのである。