スキゾイド雑記帳

人間害悪・人間リスクについての考察

閉塞感の存在

幸せは閉塞感のことだという意見をあるブログで読んだ。一瞬意味がわからなかったが、確かにそうだなと思う。窮地に追い込まれるような行き詰る感じの閉塞感ではなく、もうこれ以上何もできない飽和状態だという閉塞感であれば、それはある種の完成された社会なのかもしれない。人間が仕事を失ったように、ある程度満足できる環境と物質が揃えば、何かにどん欲になる必要もなくなるし、競争する必要もなくなる。それを心から感じられて、あとはそこそこの好奇心興味充足感で惰性で生きていくというのも悪くないのではないかと。

何かを無理矢理変えたり一つのことばかりやっているとあっという間に人生が終わってしまうような気がするためだ。そういう邁進型の人生を美徳とす るならそれでもいいが、私はそうじゃないから、毎日違うものや違うことに関心を持ってできるだけバラバラで統一性のない人生を過ごしたいと思っている。幸せは閉塞感、閉塞感が不幸一色ではなく、閉塞感の中を楽しめることが幸福なのかもしれない。自分でもよくわからないが、閉塞感を取っ払うことに拘泥しないで生きていけたら、こうあるべき何かに固執せずに生きていけたら、どちらにせよ毎日の機嫌や精神状態は悪くはないだろう。