スキゾイド雑記帳

人間害悪・人間リスクについての考察

部活と労働と恋愛の共通点

みんなが苦痛だと思っている土日部活動や学校行事が撲滅されないことと、高度な機械化によって人間が不要になっているのに明らかに無駄な会議や仕事が撲滅されないことは似ている。意味ではなく、形式的遂行が究極の目標となり、構成員達の居場所や遊び場として君臨する。そこでは明らかな不平等型上下関係、主従関係が構築され、理不尽と奴隷的拘束、根拠のない指揮命令権のもとに、同じ人間同士が搾取と被搾取の両極に散りばめられる。

私は学生時代から「みんな来てるんだから、お前も土日練習来いよ」の罵声に苦しんだ。平日にいくらでも時間がある中、敢えて他人の休日を奪い、時間という財産を搾取することに何の疑問を持たない運営委員や教師の言いなりになって我慢していたが、よく考えてみたら、私の職場で先週行われた業務上の一大行事もこの構造ととても似ていた。そして、従事する私の心情もその時とまったく同じものだったのだ。

文書作成が機械化されると人間が文書作成をする権利は消滅する。清掃活動が業務委託化されると正社員が清掃を行う権利は消滅する。こうして様々な作業が機械化され、非正規化され、絶対的な必要性、直接的な需要を感じやすい労働の多くが正社員から剥奪された。残ったのは用途や意図が曖昧な会議や会、行事、イベント、企画などで、無理やり創造することによってできたこれらは、それが複雑な体系を持っているがゆえ、複雑な人間の感情を重ね、弱者への捌け口とすることが比較的容易であり、その対象となった犠牲者は悪循環に陥る。