スキゾイド雑記帳

人間害悪・人間リスクについての考察

人間とラット

生物系統の実験でラットを使うことが多い。人間の実験のために生まれてきて、人間の都合によって育成され、人間の利益のために死んでいく。仕方がないことだが、それが彼らの運命だということ。

これは「実験としての生誕」ともいえ、昨今の人間の生誕とも重なる部分があるのではないかと、ふと電車の中で考えた。

人間も人間のために生まれてくる。時代や環境は選べない。子供を作る側の人間の意思と作られる側の意思は対等ではないので、生と死についてはその主体からすれば不可避であり、生老病死といわれる四苦と同様に、絶対的に避けられないものだ。

世代間格差やブラック企業の台頭による若年者搾取が蔓延し、単純作業の機械化によって労働者余剰が発生し、低賃金で責任の大きな仕事をさせられる時代。好景気は二度と訪れず、固定観念による特定世代の誹謗中傷と自己責任論だけで片付けられる諸問題。

まさに、ラットとしての人間が、漂流し始めている社会。