スキゾイドパーソナリティ障害の生存競争

人間=害悪、人間リスクについての考察。毎週月曜日更新。 別館=http://schizoid.hatenablog.jp/

人が死んでいるのに

人身事故でダイヤが乱れるときの乗客や世間の苛立ちが凄まじい。特に犠牲者、死亡者に対する怒りを感じるメッセージや投稿が多い。目立たないところで死ねだの社会に迷惑かけるなだの攻撃的な文面をよく見る。自殺者も社会の犠牲者であり往々にして外部要因で精神を疲弊してしまったにもかかわらず、自己責任論がどうしても支配的になる。運悪く死ぬ運命になってしまった人間にさえ、自己責任論が降り注ぐ。余裕がないのだろうか。

人身事故が発生してもそれは他の人間には無関係で、労働や社会活動は普段通り行われる。それを強いられ、人が死んでまで労働のことを考えなければならないのが現状だ。不幸や忌引きの時でさえ休むことに嫌な顔をする者も多い。お互い様なのに人 の不幸など関係ないという態度を平気で見せてくる人が前の職場にも山ほど在籍していた。忌引き明けに挨拶してもまるでそれを面白おかしく笑うかのような管理職の態度は忘れられない印象を与えた。

このように、私情はどこまでも無視され、個人的な出来事についてはすべて自己責任で他人が配慮したり立ち止まって考える必要はないとされる。人身事故が発生したら労働や会社などを忘れ、なぜ自殺が減らないのか、なぜ自殺に追い込まれるような社会なのか、立ち止まって考えてみよう、などという理想郷は現実には存在しない。議論すべきことなどなく、出来レースをひたすらこなし反復と追従にまい進することだけが求められるのだろう。