スキゾイドパーソナリティ障害の生存競争

人間=害悪、人間リスクについての考察。毎週月曜日更新。 別館=http://schizoid.hatenablog.jp/

持続性のなさ

深刻な悩みを持った人間が、電話をかけてくる。酷く傷ついた人間が愚痴を零す。そんな光景を何度も見てきたし、それらの対応をしたことが数えきれないほどあった。その瞬間、困っている人間や病んでいる人間は深刻な表情をし、救済を求める言動を見せるので、こちらも真摯に対応するし、時間を割く。気づくと朝まで相談に乗っていた。

とても良い話があったと、私に嬉しそうに話してくる。心を動かされたと、感涙を見せながら私に自らの経験を語り始める。とても生き生きとしているその姿に、こちらもうれしくなるし、安心する。偽善を抜きにして、他人の幸福は自らをも安定させ、安心を与えるものとなる。

一晩明け、悩みを持った人間と、傷だらけだった人物を訪問した。相手はなぜ私がここにくるのだろうか、邪魔だとでも言いたそうな様子で、怪訝そうにこちらを見ている。昨日の疲弊が嘘のように、舞い上がっている。相談を受けた際の助言と真逆のことをしながら、とても満足そうにしている。

一晩明け、嬉し涙を見せ私に興奮気味に話しかけてきた人物を訪問した。相手は不機嫌そうに私を見ている。皮肉に満ちた表情で他人の批判・誹謗中傷をしている。昨日の喜びや感動、幸福に満ちた表情がまるで最初から存在しなかったかのように、憎悪と不満と鬱憤が空気をつつみこんでいた。

感情豊かな人間、喜怒哀楽が激しい人間ほど、持続しないのだ。家族、友人、知人、同僚、あらゆる人間関係を見ても、昨日と今日が違う人が多すぎる。朝初めて顔を合わせた時の様子を毎日ビデオに撮影したら、まるで毎日が異なるドキュメンタリーのように、人の機嫌は持続しない。

いくら満足を与えても無根拠・理由なしにそれらが消去されることもあるし、険悪な雰囲気に対しいくら回復努力をしても、全然違う方向からその人を上機嫌にさせる調味料が降ってくることがある。理由なしに感情がそこまで変化するなんて、躁鬱か情緒不安定か、などと思うかもしれない。けれども、そういってしまったら、私の周りにいる人たちは全員精神病ということになってしまう。