スキゾイド雑記帳

人間害悪・人間リスクについての考察

組織活動に興味を持てない

別館『スキゾイドパーソナリティ障害の生存競争』も更新中です。 http://schizoid.hatenablog.jp/


昔から私は団体生活で浮いていた。浮いていたことを周囲に漏らさないようにしていたし、自らの感情を表出することをしなかったので、何か危害を加えられたりしたことはないが、とにかく学校というものが楽しかった記憶がない。行事・式典など、固定メンバーで長時間拘束されたり、キャンプのように他人と親密な距離を保たなければならないことに尋常じゃないくらい苦痛を感じてきた。

周囲に察知されないように、その時間は心の電源を切っていた。幸いにも私は幼少期から乗り物や街歩きが好きだったので、色々なところで電車で出かけ、バスに乗り、歩き、一人で知的好奇心を満たす術を知っていたから、孤独をむしろかなり昔から楽しんでいた。いわゆるブラタモリのようなことを何年もやっている。学校やパブリックの場面はあくまでも我慢する時間であり、HDDのCドライブは公、Dドライブはそれ以外の私的な部分を楽しむ容量といった具合に、わけて考えていた。

部活もやったことがない。根性論と無意味な上下関係、我慢の連鎖に意味を感じなかったし、ああいう閉鎖空間はトラブルや暴力の巣窟であることを幼稚園時代から察知していたので、小学校のクラブ活動でさえまともに参加していなかった。それでも、変な連中に絡まれたり冷やかされる危機を察知していたので、周りから一目置かれるように成績だけは徹底的に上位をキープし、周囲の信用だけは得るようにした。

友人は少しだけいたが、今は片手で数えられる程度の友人知人しかいない。それで十分だと思っている。1人だけ内面を打ち明けられる幼馴染がいるが、その人物も私とは性格が違うから、理解はされていても賛同をされているわけではない。けれども、どの友人とも適度に距離を保ちながらドライな関係を維持し、年に数回食事するくらいの付き合いは続けている。それ以外のことにはお互い首を突っ込まず、気楽な話をし、気楽な空間を共有する。

大学生活は天国だった。ここまでの経済支援をしてくれた家族に感謝しなければならない。個人プレーの受験勉強は全く苦じゃなかったので、そこそこ規模が大きく自由な校風の大学に入ることができたから、そこでは透明人間のような生活を謳歌していた。認知されないことがこれほどまでに楽かを噛みしめていた。

就職活動はあまりの人間臭さ、茶番、面接官の薄汚い嘲笑、世代間格差や偏見などを感じ、3日で辞めてしまった。その後、ほぼ学力だけで決まる採用試験を見つけ、合格し就労。当然ながら当初は毎日が苦痛であった。45年労働に嫌気がさし鬱になりかけたが、いわゆる普通の人生を諦め適当に生活のためだと割り切って働くことにし、趣味を謳歌すると決めてからは毎日が楽しい。

何かに対する期待をしなくなった。組織活動に興味がないのは他人に関心がないからかもしれない。気分で主張や言動が変わる人間を多く見てきたので、基本的に他人は気分屋だという猜疑心が強いから、自分以外の他者の振舞に一喜一憂することがなくなった。それゆえ、他人が何かすることに興味がほとんどないから、他人を通して何かを実現したい、他人と協力して何かを実現したいという願望もわかない。

そんなわけで、仕方なく無難に仕事もしているし、それを苦痛だと訴えることもないし、職場の人間関係もそこそこ無難に処理しているが、無欲であることを周囲から不思議に思われているし、心の中は仕事や人間関係に対して一貫して無関心だから、ある意味自動運転の車や電車のような感覚で退勤時間まで過ごしているような感じだ。帰属意識もないからスポーツの応援などもしないし、芸能にも関心がない。趣味や飲食、科学など人間や組織が絡まないことにだけ好奇心が働く。