スキゾイド雑記帳

人間害悪・人間リスクについての考察

区別と意識

別館『スキゾイドパーソナリティ障害の生存競争』も更新中です。 http://schizoid.hatenablog.jp/


学生時代、体育の授業が種目選択制だった。すでに後半は科目単位の選択履修になっていたので、体育自体がどうでもいい存在だったのだが、強制的に一部は履修させられていたので、3つの中から好きなものを選ぶことになっていた。その3つは明らかに格差があり、2つはかなりきつい種目、残りの1つは緩い種目だった。そのためか、前者2つは男性が集まり、後者1つには女性が集まりやすい傾向にあった。なぜ男性が前者2種目に集まるかはお察しのとおりで、運動ができることのシグナルが野球やサッカーなどのきつい団体球技種目で活躍することだったからだ。ほどほどに進学校だったが、やはりまだまだ運動能力が男性にとっての自己主張ポイントになっていたし、運動ができることにより異性の気 を引こうとしている男性は多かった。

私はもともと運動が苦手、正確には走ること以外の種目が苦手だった。短距離走など、自分一人だけで完結するものは異常に得意だったのだが、チームプレーになった途端に動きが鈍るタイプで、それゆえ球技は全然ダメだった。さらにスポーツ観戦などを含めて関心がなかったので、楽しむポイントがない。体育以外に音楽や美術などもあったが、どれも特に好きではなかった。イチイチ作品の発表などを通してマウンティングが横行していたし、そういうやり取り自体がすべて面倒だったからである。

だから緩いコースを迷うことなく選択。男性でもそのコースを選んでいる人は何人かいた。きついコースで自己アピールをしたいタイプの男性たちからは冷ややかな目で見られたが、そんなのはどうでもよかった。そして年間を通して、本当に緩い種目しかやらず、本当に楽だった。下手でも許される雰囲気、見栄を張ることもなかったので、女性にラケットの持ち方を教えてもらったりした。運動音痴を自分で認めていたし、周りにも同じような考えの人がいたから、気持ちをシェアすることができる。

一方、きついコースでかっこいいところを見せようと張り切っている大半の男性陣は、結局年中ピリピリしていた。確かにそういう人たちのスクールカーストは高かったかもしれないし、そういう男性をチヤホヤする女性がいたことも確かだが、果たしてそんなに頑張っただけの恩恵を受けていたのだろうかと思った。もちろん、バリバリ運動出来て、それでいて勉強もまあまあできればステータス的には十分華やかだが、それだけで無条件に異性からの株があがるなんてことはあるのだろうか。

むしろ私のように、プライドを捨て、無様な自分をさらけ出した方が、単純な意思疎通や日常会話でいえば圧倒的に異性と関わる機会は多いし、変に男性が一歩先を行ったり優れてなければならないというプライドを持つことが、かえって女性との距離を遠ざけるのではないかと思っている。仕事なんかもそうで、仕事ができる自分を見せようと社畜になるよりも、仕事嫌いのキャラクターで趣味や余暇を楽しんで割り切って働く方が、結果的に女性と価値観を共有しやすくなるし、そういう共感から仲良くなることも多い。

とはいえ、仲良くなるというのはあくまでも性別を抜きにして仲良くなるだけであり、それで満足できない場合はこの限りではない。たとえば私は男性よりも女性の知人友人が多く、意気投合するのも女性が多いが、かといって私が異性から人気があるわけでは決してない。あくまでも周りの人物は、私が緩い生き方をしているから価値観が合うだけにすぎず、そういう人間を配偶者にしたいかと言えば答えは否である。そもそもそんなスタンスでは収入が足りないし、育児やその先のことを考えている人であれば、アンチ労働の配偶者なんて不安材料そのものだ。

逆にそこを勘違いして話を振ってくる人が多い。ちょっと私が女性同僚と昼食を食べたからと言って、変な噂をしたり特別な気があると思い込んだりする人が多い。恋愛至上主義なのかよくわからないが、まったくその想定は外れている。私が相手と何を話しているかと言えば、どうやって自由に生きるか、これからレートが上がるものは何か、不動産はどうか、あの地域の美味しい店はどこか、などであり、私が何か気取って見栄を張ることもなければ相手がそういう空気や関係性を求めてくるものでもない。

まだまだ保守的な考えの人も多いのでなんともいえないが、性別なんて現代ではあってないようなものだし、変にそれを意識しているといつまでたってもそれが裏目に出て人との縁を狭めると思っている。特に中高年以上の男性は性別を意識せずに異性と関わることが絶望的に下手だと思う。自分が男性であることを無駄に誇っているというか、背負いすぎているというか、そんなの誰が求めてるんですかっていうレベルにまで張り切ったりいいところを見せようとしたりする人がいて、驚く。既婚者でさえそうなのだから、根深い問題だなと。