スキゾイド雑記帳

人間害悪・人間リスクについての考察

日本の労働文化の圧倒的な気持ち悪さ

別館『スキゾイドパーソナリティ障害の生存競争』も更新中です。 http://schizoid.hatenablog.jp/


この時期、雪の影響で「不要不急の外出」を控えるようにというアナウンスを頻繁に聞く。実際に、交通機関がマヒし、大量の帰宅難民が出たり駅で積み残しが出たり、乗客同士のトラブルや感情的なクレームの原因になりやすい。まさに生き地獄が各所で発生する。

こうしたトラブルは毎回のように起きているのに、結局のところ「不要不急の外出」を労働者は繰り返し、「休む」ことが絶対悪とされるこの社会。必要なことを必要なだけやればいいということにはならず、「仕事は自分で作るもの」という同調圧力のもと、これだけ社会が成熟して機械が発達しているのに、いまだに賃労働にこだわり、働かない人間を徹底的に蔑視する。その割に経営者の滅茶苦茶な要求にはどこまでも寛容なのがこの社会だ。

「仕事は自分で作るものだ」という意見は根強いし思考停止していてもその勢いに加担できるような根性論なので、大衆を味方につけやすい。何かを攻撃したい欲求に飢えている大多数の日本人、叩く文化に洗脳されている国民にはもってこいの主張だろう。必要ない仕事をわざわざ作り、それに膨大なコストと人間の財産である時間を投入するだけの価値が客観的に検証されたことはあるのだろうか。むしろ明らかに必要とされている仕事が減少している事実を受け入れ、余計なマイナス生産をやめるべきではないだろうか。

あまりに馬鹿らしいのでこのシステムに従わずに生きていこうと考えてみるものの、どうしたらいいのか未だに結論が出ていない。貯蓄を十分にし、労働社会・村社会から足を洗うことも現実的には可能だが、それをやろうとした際にネックなのが身内の目線だったりする。それらを全部スルー出来るようになったとき、真の解放が待っているのかもしれない。

文句を言いながら何かをひたすら続ける人は多い。嫌々部活、嫌々行事、嫌々恋愛、嫌々サークル、嫌々就活、嫌々労働、嫌々飲み会、嫌々結婚、嫌々子育て、嫌々介護、頼まれてもいないのにみんなで嫌々を無限に続ける社会。強いられているという共通認識だけが人間を動かすエネルギーになっている恐ろしい構造。文句を言いながらも「これが社会だから」と、自らがあたかも犠牲者であるかのように奴隷人間ルーティーンに邁進し、気づけば老いて病んで死んでいく。それを繰り返すことに快楽を覚えた動物が人間のあり様なのかもしれない。