スキゾイド雑記帳

人間害悪・人間リスクについての考察

否定社会

別館『スキゾイドパーソナリティ障害の生存競争』も更新中です。 http://schizoid.hatenablog.jp/


人間にとって避けて通れない苦痛。色々なものがあるが、とりわけ内面的な苦しみについては、その大半が「感情」によって引き起こされるものであり、感情を持つがゆえに人間は常に争う。

ポジティブな意味の期待や成功や理想も、それが達成できないと不満や失敗や絶望へと姿を変え、その多くが他人に対しても何らかの動きを求めるものであるがゆえ、自分の勝手な価値観を相手に当てはめて、相手が思い通りに動かないときに相手に腹を立てたり責めたりする、それが感情なのではないかと思う。

感情を表現したり応用したりできるのは人間特有のものであるといわれるが、感情を持っているがゆえに多くのトラブルは起こり、万人が感情を喪失して機械になれば、色彩は失われるかもしれないが、新しい形の平和が訪れるような気がする。

もちろん、想像上の世界に過ぎないが、感情というもの存在が非常に鬱陶しく思えることが多く、最近は、淡々と物事の解決のためだけに自身を機械化している。

人間は他人に厳しい。「可もなく不可もない」状態はしばしば悪と捉えられるし、普通や平凡は嫌われる。

普通のことを普通に必要十分にこなすことができる相対評価の「3」も、労働の人事評価としては通常の昇格基準なのだが、学校の成績についていえば不調だととらえられ、試験の平均点も「十分な点数」とはみなされない。

平均が十分であるということが実態とあっていないからそうなるのだろうが、だとしても、これほどまでに「平凡」であることが否定的なイメージを持ってしまうと、常に頑張り、常に元気で、常に明るく、常に意欲的である状態じゃないといけないことになり、とても生きづらい。