スキゾイド雑記帳

人間害悪・人間リスクについての考察

線路脇のワシントン条約

別館『スキゾイドパーソナリティ障害の生存競争』も更新中です。 http://schizoid.hatenablog.jp/


女性の社会進出ばかりが謳われるが、女性の進出と機械の進出によって労働配分と労働の総量に変化が起こり、目減りした分だけ男性が労働市場から撤退し、旧来の女性のように家庭に入ったり補助的な労働形態をとることができる社会になっているかというと、そうはなっていない。

「いい年して男が非正規」などと平気で言う人は少なくないし、女性に許されている多くのことが男性には許されないなどという事象も普通にある。逆のパターンが注目される中、男性の弱体化を許す社会の寛容さが創出されるかどうかは、かなり怪しいだろうと思われる。

男性は常に40年間労働することが当たり前で、そうじゃない転々としている人はダメだとか、女性に養われている男性は情けないという感覚を、根性論蔓延大国日本でどのように緩和させるのかが大きな壁になるだろう。

前に、会議に遅刻するからと言って線路内立ち入りをした人物がいて、電車が大幅に遅延した事件があり、話題になった。そんなことを、台風が接近する日の朝のラッシュを見て思い出す。この国では、とにかく仕事に行くこと、学校に行くことが第一で、多少の不便や危険を生じてでもそれを遂行することが第一とされる節がある。

部活や工事現場の事故などにも表れているように、自然災害や不慮の事態に対する認識が明らかに甘く、精神論で乗り切ろうとするがゆえに、犠牲者が必ずと言っていいほど発生する。大雨や落雷、突風が発生しているような悪天候において、本当に早急に出勤して行う必要がある業務はどれほどあるのだろうか。学校に至ってはなおさらだ。這ってでも来いなどといいう根性論で、極めて非効率で形だけの「一日の消耗」が無数に生じている。一個人の一度きりの人生の貴重な一日を、滅私奉公の精神と世論によって搾取され、他者のそれを搾取し、相互に消耗戦を繰り返す。

無趣味や集団至上主義なら仕方がないが、そうではない人たちの生きる権利や時間という財産を奪うことを平気でするこの社会の常識、この国の「しきたり」に、若干の窮屈さを感じる。そしてこのエントリーでさえ、根性論の格好のターゲットとなるのだろうと容易に想像できてしまう。