スキゾイド雑記帳

人間害悪・人間リスクについての考察。個の尊重される社会とは。

檻の中は檻の中

別館『スキゾイドパーソナリティ障害の生存競争』も更新中です。 http://schizoid.hatenablog.jp/

連帯責任という考えが昔から苦手だ。そもそも能力も性格も違う人間同士が同じ水準になるわけがないし、連帯責任は実質一人に集団の責任を押し付けているにすぎず、管理者が権力を行使するのに最適なだけだと思うからだ。

学生時代のグループワークや行事でもそうだ。だいたいできない奴を責めるできる奴がいたり、ひどい場合は大してできもしない奴が自分のことを棚上げして他人を責めたりする。行事でよくある「みんなは週末来てるのに、なんでお前は来ないんだ!!」っていう非難も同じことだろう。

「そんなに来たくないなら君もこなきゃいいんじゃないの?みんなが嫌がってるならそんな行事廃止にすればいいじゃん。」という正論を吐くと、協調性がないとたたかれる。日本人は他人に我慢をさせることが快楽の一部なのだろう。

そもそも、何かができていたり得意だったりするのはそれだけそれができない人間がいるおかげだという考え方もできる。成績がいいのは、それだけ成績が悪い奴がいてくれるおかげ、金持ちなのはそれだけ貧乏な奴がいてくれるおかげ…

一見見下したような考えかもしれないが、相対的に自分が高い位置にいて、それが周囲の用意した環境の恩恵だったり、運の良さだったりすることも往々にしてあるわけで、何でもかんでも自分の実力や責任に帰結しすぎていると思う。だから他人に厳しくなるし、余裕のない性格になって、お互いを苦しめあう社会が完成する。