スキゾイド雑記帳

人間害悪・人間リスクについての考察

体力を金で買う時代

別館『スキゾイドパーソナリティ障害の生存競争』も更新中です。 http://schizoid.hatenablog.jp/


球技が得意ないじめっ子がいた。

球技が苦手な子を徹底的に非難し、ボールを投げつけたり、パスがうまくできないと罵声を浴びせたりした。このいじめっ子の口癖は「迷惑、こいつのせいで勝てない!足引っ張るなよ!できない奴はウゼエ、むかつく、死ね!」だった。

このいじめっ子にターゲットにされる運動音痴は多く、体育の時間や休み時間、その他の教科の時間までもがいじめっ子や取り巻きによる虐めのステージとなっていった。

虐めは壮絶なものとなり、暴力を伴うものとなった。

いつのまにか、おとなしい者や消極的な者や体育が嫌いな者は不登校になったり、自殺したいと言うようになった。

いじめっ子側の言い分としては「チームで協議しているのに、できない奴は周りに迷惑をかけている、消えろ、うざい」である。

ある日、この学校の真向いに、地域のスポーツセンターができた。

その施設は話題になり、運動音痴の子達が加入し始めた。

運動音痴な子達は学校に行けなくなっていたが、そのスポーツセンターには毎日通うようになった。

ある日、虐められていた子達が一斉に学校に来た。

その日は体育の授業の日だった。

運動音痴達は、いじめっ子が歯が立たないほどに機敏な動きをし、いじめっ子の存在を認知することすらない勢いでゴールへボールを運んだ。

その日の授業で、いじめっ子がボールに触れることはなかった。

いじめっ子は発狂し、その日の放課後に自殺した。

異質や劣勢の人間を攻撃することでしか、彼は生きることができなかった。

人間の能力は絶対的ではない。

得意という状態は、苦手な人がいてこそ成立する。

自分と違う人間を徹底的に非難する人が多い。

自分と違う人間の存在によって、今の自分が存在できていることもある。

忘れてはならないだろう。