スキゾイド雑記帳

人間害悪・人間リスクについての考察

質問への返事

peing.net

ご質問ありがとうございます。万能感と感情の制御についてですが、私は二層構造で上層が下層を支配しているという感じではなく、下層に位置するような感情的な気持ちの煮沸が起こらないような構造を先回りして作ることを心がけていますので、あまりそういう感情の発生に対して試行錯誤するということがありません。ゆえに万能感みたいなものも、結果として日々の精神の安定に帰結していますがそれを特に意識することはないというのが現状です。

たとえば、私は他人の言動とかに対して腹を立てるということがなく、自分及び自分の周囲の人間に害が発生して初めてその言動に対して拒絶行動をとる考えです。他人の権利を侵害する行為や他者に攻撃的態度を向けてくるような場合に、はじめて相手に対して憤りまたは回避を求める感情が芽生えます。

生意気だとか調子に乗っているとか、発言の一部を取り上げて批判したりむかついたりする人が多いですが、私は誰が何を考えようがそれは個人の自由であり、自分がそれで迷惑していない以上勝手にすればいいんじゃないかという考えです。これは揺らぐことはないと思います。

だから外国人がマナーが悪いとかうるさいとかそういうことで腹を立てる人の気持ちはよくわからないです。うるさいと思うのなら自分がその場所を避けたりすればいいだけで、わざわざ嫌なものに近づいて苛立ちを抑えきれなくなっているのは滑稽な感じがします。

それらストレッサーを回避できない場合もありますが、そういう場合はかかわりを最小限に抑え、できるだけ他のことで脳内を埋め尽くすように心がけています。たとえば私は街歩きや交通、飲食、家事などが趣味なので、気になる路地、街、食べ物などお調べたり考えたりします。すると、他人がどうのこうのとか、まったく気にならなくなりますね。

芸能人とかスポーツとかにも関心がないので、基本的に何かに腹を立てるだけの対象物への関心がないのかもしれません。自分の中で完結できることのみに喜怒哀楽を向けるようにしているので、不満があれば自動車のギアのようにシフトダウンしたり代替手段を講じて不満を解消しますし、人に何か期待をすることもありませんから、他人の自由を侵略しない範囲で人付き合いも乗り切っています。

そうはいっても、世の中多くの人が組織や集団で何かを成し遂げたい欲求を持っていますから、そういうものに一切付き合わないようにするためにはそれらを跳ね返すことと生活費を回収するために一人でやっていけるだけの能力が必要で、それは私には残念ながら備わっていません。だから他者のことは割り切るということだけを意識して、感情のブレがないように気を付けています。

余談ですが、前頭葉の劣化は人を感情的な方向に導くらしいです。身の回りの人々を見ても高齢者の方が明らかに感情的で、すぐに他人を罵ったり、ネガティブな発言をすることが多いです。自分が何もやりたくなくなると、自分以外の誰かを支配したり干渉したりすることに固執してしまうのでしょうかね。ちょっと恐ろしいことだなと思います。

あまり参考にならなくてすみません。

ヨネカワさんとの2年間~後編~

ホームルームは葬式のような雰囲気だった。ユウヤ君たちのこれまでのいじめ問題は誰にも否定のしようがない歴史的事実となり、それを全校生徒が書面を確認することによって把握しているのだ。もはや顔が報道された犯罪者に近く、ユウヤ君たちが前のような偉そうな顔で廊下を歩くこともできなくなった。

先生はここまでの事態になってしまったことをクラス全員に反省するよう促す。それ以外に指導の方法がわからなくなっているようだった。そのチラシをばら撒く計画を企てたのがヨネカワさんと私だということは先生もわかっていただろうが、あえてそのことを話題にしなかった。話題にしなくても、その場にいた全員が気づいていたに違いない。

放課後、私達は駅前商店街に向かった。ダイシ君も一緒に連れてきた。ヨネカワさんは普段から親に買い物を頼まれて商店街に一人で買い物に来ることが多かったようで、店主たちからも慕われていた。組合の偉い人であるナイトウさんの所へ行き、ダイシ君を紹介した。ダイシ君はとても良い子であること、そして色々あって家が貧乏だけど家族思いの優しい子であることを丁寧に伝えた。ナイトウさんはホッとしたような笑みを見せた。

実はナイトウさんをはじめここの商店街の人たちは、1年前くらいからダイシ君が暗い表情をしてユウヤ君らしき生徒たちの後をついて歩くのを見かけていた。悪ふざけなのかわからなかったが、顔をつねられたり後ろからどつかれたりしていることもあり、いじめなんじゃないかともちょっと疑っていたという。

ヨネカワさんはここまでの一連の流れをすべてナイトウさんに打ち明けた。それをもっと早くに言わなくてごめんとナイトウさんは泣きながら謝っていた。ダイシ君はそんなナイトウさんを見て恐縮してしまったものの、すぐに笑顔を取り戻していた。

ダイシ君の意思を再確認し、ヨネカワさんはユウヤ君たちの罪を周知する旨のチラシを商店街にばら撒く計画をナイトウさんに話した。ナイトウさんは困った顔をしていた。それもそうだ。当然街中でチラシを配るのには許可がいる。ヨネカワさんもそんなことはわかっていたし、ダメならすぐに引き下がる気持ちでいた。

色々と話し合った結果、街中でこんなことがありましたと各店舗にアナウンスしてその店主にチラシを渡したらどうかという提案を受けた。不特定多数にばら撒くわけではないから、それならオーケーなんじゃないかということだ。その案に従うことにした。

翌朝、ホームルームではどうしたらみんなが仲良く過ごせるかについて、あほみたいにとってつけたのような学級活動が行われた。もちろん、誰も発言などしない。そこでヨネカワさんが言った。

「この前広まったチラシですが、商店街の人にも昨日見せてきました。これ以上、危険な目に遭う人が増えないようにしようと思って。ユウヤ君や周りでいじめに加担していた人たちは、○○中学校とかを受験する人もいますよね?中学でユウヤ君たちにいじめられる人が出ないように、あらかじめ中学校にも今回のいじめ事件を教えておこうかと思うんです。」

とても爽やかな表情だった。ヨネカワさんがこんなにスカッとした表情を見せたことはなかった。

ユウヤ君を始めいじめっ子数人はさすがにキレた。「いい加減にしろ、反省してるだろ、だいたいダイシのことなのにヨネカワは関係ないだろ。バカ女」などと罵声を浴びせた。

「今のも録音してるけど?全部日本中の有名な中学、高校、大学に流そうか?あんたたちが就職するときに会社に流そうか?結婚するときに結婚相手に流そうか?」

いい加減にしなさい!!!!と教員が怒鳴った。

「どうしてあなたは彼らを許してあげることができないの?彼らは十分反省しているでしょ?それにダイシ君だってもう落ち着いているじゃない?ここまで彼らを追い込んで、これから将来もあるのに、どうして仲良くできないの」

教員は泣きそうになっていた。ヨネカワさんはまったく動じずに教員に質問する。

「では今回いじめが起きたのは誰のせいでしょうね。当事者のこのクズたちのせいもありますけど、先生もダイシ君が仲間外れにされていたのを見たことがあるはずです。あなたは見殺しにしたんですよ。ダイシ君が自殺していたらあなたは殺人犯と同じです。前に聞きましたよね。あなたの子供がダイシ君と同じ目に遭ったとして、あなたはユウヤ君たちを許せますか?手遅れになって、自殺してしまったら。助かったとしてもダイシ君は心の傷を背負ってこれから生きていくんですよ。その先のこと、あなたのきれいごとで何を救済できるんでしょうか。あなたの担当した卒業生にも、そうやって人生を滅茶苦茶にされたのに誰からも助けてもらえずに苦しんでいた人がいるはずです。学校・社会・人間なんて所詮そんなもんですよ。なぜ毎週のように自殺する人が報道されるか、先生ならわかっているでしょう?」

教員は顔面がしわくちゃになるくらい泣いていた。そして「わあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」と発狂してヨネカワさんを引っ叩く。ヨネカワさんはまったく動じていなかった。同じように、、、ユウヤ君たちもヨネカワさんに殴りかかる。私は止めに入ったがヨネカワさんは私の手を退けて彼らに殴られる方を選んだ。そして次の瞬間、ヨネカワさんは思いっきり先生とユウヤ君たちいじめっ子の頬を片っ端から引っ叩いた。

「私はユウヤ君たちが本当にいじめを反省しているのなら、死んで詫びてほしいと思っています。ダイシ君はそれだけ傷ついたのだから。他人の人生に取り返しのつかないダメージを与えたことを自覚するべきだと思います。ユウヤ君たちも、先生も。だから彼らの保護者に対してもこの事実を伝えたんですよ私は。」

この様子を撮影するように私は言われていたので、一秒の漏れもなく記録した。

「ユウヤ君たちはダイシ君に死ねって言いましたよね。だったらお手本を見せてあげたらいいんじゃないの?」

そういってヨネカワさんはカッターナイフをユウヤ君に渡した。

「さあ、早く。死ねってどういうこと?私に教えてよ。」

教員は顔面をしわくちゃにして「もうやめなざああぃぃぃぃ…ゆるぢてあげなざあぁぁぃぃぃ…」と泣き崩れた。

ユウヤ君も赤ん坊のようにとんでもない勢いで泣きわめき「なんでゆるぢてくれないんだぅあああああああああああああああああああああああ」と叫んでいた。明らかに精神異常者の様相を呈していた。

「死ぬ勇気もないくせに他人に気軽に死ねっていうやつ、自分たちが仲良くする気もないくせにみんなで仲良くしなさいというオトナ。そんなのばっかりね」

ヨネカワさんは教室を去っていった。

年が明け、ダイシ君は親の転勤の都合で引っ越していった。最終日、私とヨネカワさんを訪ねてきて、三人であの商店街に行き、たい焼きを食べた。あつあつのたい焼きは美味しかった。

 


12年後、携帯に知らない番号から電話がかかってきた。当時の担任教師だった。ユウヤ君たちが海で遊んでいて溺死したらしかった。どうやら中学以降も当時のいじめっ子グループは付き合いがあったらしい。

通夜の日時を告げられた。ヨネカワさんの連絡先が分からないから教えてほしいといわれたが、私もヨネカワさんの連絡先を知らなかった。ダイシ君は卒業時点で転校していたので特に声掛けはされていないようだった。思い出さない方が良いだろうと思った。

ヨネカワさんは今どうしているのだろう。中学受験でお互い別々の学校に進んでから、連絡を取ることも会うことも偶然にもなかった。きっとあれからもどこかでいじめられている子を助けて仲良くなって一緒にたい焼きを食べて笑っているんだろうなと勝手に思う。そう思いたいから、そう思うことにしておく。

 

ヨネカワさんはユウヤ君を決して許さなかった。ユウヤ君とその取り巻きがいじめの罪を死を持って償うことだけが、ヨネカワさんにとって納得のいく結末だったのだろう。なぜそんなにヨネカワさんが加害者を憎んでいたのか、今でもわからない。

わからなくてもいいやと今では思う。そんなヨネカワさんとの小学生後半の2年間、遠い昔の話になってしまったけれど、自分の人生の中ではかなりインパクトのある出会いだった。

ヨネカワさんとの2年間~中編~

「先生、何かの冗談ですよね?これからは仲良くする?謝りなさい?そんなことする必要がどこにあるんでしょうか。ユウヤ君は今のビデオでわかったように、ダイシ君を一方的にいじめて暴力まで振るってきた人間です。こんな人間、いい子になるわけがないでしょう?先生は自分のお子さんがユウヤ君にいじめられたらどう思います?ユウヤ君を殺したいと思いませんか?ユウヤ君がやったことは、謝って償うものではなく、死んで償うものだと思います。違いますか?」

先生は困った顔をしていた。ヨネカワさんの発言は実際に正しかったし、ユウヤ君と仲良くしたい人なんてこのクラスに誰一人としていないだろうなというのが先生にもわかっていたからかもしれない。それだけユウヤ君やその取り巻きはこれまで調子に乗って学年全体にマウンティングを繰り返していたのだ。

翌日、ヨネカワさんが校長室に入るのを私は見た。その日の午後、担任教員とユウヤ君が校長室から出てくるのを見た。

ユウヤ君は教室に入りヨネカワさんを睨んでいた。同時に、ヨネカワさんに対してただならぬ恐怖心を持っているようにも見えた。その日からダイシ君に対するいじめはほぼなくなった。

数か月が経過し、ダイシ君がいじめられるようになってから1年が経過した。この騒ぎは沈静化し、教室内でも特定の誰かがいじめられるような空気がなくなっていた。しかし、下校途中や体育の授業後の更衣室などではやはりまたダイシ君に対するいじめが起こっていた。ダイシ君は幸いにもそのことを私やヨネカワさんに相談してくれた。

驚くことにヨネカワさんは事態が鎮静化していた時期にも、ユウヤ君たちの行動を監視し、彼らが特定の弱い者いじめを企てていることやダイシ君に対して仕返しまがいの嫌がらせを計画していることなどの証拠を全部とっていた。改めてヨネカワさんの用意周到な行動に感心すると同時に、少し恐ろしくなってしまった。

とはいえ、ヨネカワさんは決して無害の他人に攻撃を仕掛けることもないし、そもそも人の悪口などには一切乗らない人だ。だから不誠実や侵略攻撃をしない限り、この人から制裁を受けることはまずないという安心感がったから、関わることができたのかもしれない。私達の関わり方も、相変わらず学校生活を無難に切り抜けるパートナーくらいのものだったし、レコーダーを借りて以来、家に遊びに行くこともなかった。

ヨネカワさんは更衣室前の廊下に監視カメラを設置し、ユウヤ君たちがダイシ君の後をつけていく様子を日々撮り続けた。そしてダイシ君にわざと大きな声で「やめてよ」と叫ぶように指示した。ダイシ君が大きな声で抵抗すると、それに呼応するようにユウヤ君たちの挑発も大きな声になっていたのだ。

こうして証拠集めを続けた。幸いにも以前のように派手な暴力などにはなっておらず、ダイシ君の精神状態さえ維持することができればなんてことはないと判断できるほどだった。今思えばそんな判断も危険ではあったのだが、確実にユウヤ君たちを追い込むための証拠が集まった。

ヨネカワさんは今度は一切学校側に相談しなかった。教師やクラスメイトにも語り掛けることはなかった。その代わり、ユウヤ君たちが嫌がらせやいじめを繰り返す様子を大量のDVDやCDに記録し、撮影した彼らの悪さを大量のチラシとして印刷していた。

ある日、私は再びヨネカワさんの自宅に招かれた。

「これなんだけど、商店街で配布しない?あと、全校生徒の自宅に送るのはどうかな?あいつらって中学受験もするよね?だったら志望校も調べてそこにも送っちゃおうよ。」

私はヨネカワさんが本気だとわかった。ヨネカワさんはユウヤ君たちのことを絶対に許すつもりはないのだと確信した。協力してほしいと真顔で言われ、快諾すると、ヨネカワさんは私にだけ見せてくれる優しい笑顔に戻っていた。

私達はまず全校生徒の自宅にチラシを送った。郵送は面倒だったので、一軒一軒回ってポスティングした。当然、翌日の学校は大混乱になった。ユウヤ君たちは全校生徒から侮蔑の表情を向けられることとなり、これまで彼らがいじめてきた何人もの人たちが彼らを汚いものを見るような目で見ていた。

ユウヤ君たちと目が合った。最初の教室内でのビデオ上映会の時のような大きな態度はそこには残っておらず、ただひたすら絶望と恐怖に満ちていた。この時、彼らはまだこれが商店街に配布されることを知らなかった。当時はインターネットもツイッターも未発達だったので、これがアナログ版の晒し上げ行為だった。しかし、ヒロユキ君はこれまでの自信に満ちた偉そうな表情が想像できないくらいに青ざめており、もうあとは先生に助けを求めるしかないことを十分に把握しているようだった。

「校長を抑えておいたのは、このためだったんだよね。ここで彼らが教師に一方的に被害者ぶって泣き付いたら、私達が悪くなるでしょ?それを防ぐために目に見える証拠を予め出しておいたっていうわけ。」

彼らは職員室に今にも発狂しそうな恐怖心と混乱の表情を浮かべながら駆け込んでいった。階段を上るその動作さえも今にも倒れそうな様相だったのを覚えている。

ヨネカワさんとの2年間~前編~

※この話はフィクションです

 

小学校5年生の時、ヨネカワさんはやってきた。ヨネカワさんがどこからきたのかはわからなかったし、転校生だったのか、それともクラスが今までずっと違っただけなのかわからない。ただ、私とヨネカワさんは友達になった。

友達になったと言っても、別にベタベタと仲良くするわけではない。移動教室を共にしたり、昼食を食べたりするくらいだ。放課後に遊んだこともなかった。

夏前になると、転校生がやってきた。ダイシ君という子だった。ダイシ君は少し貧乏な家の子で、親の職業が不況によって頻繁に変わっているような話を耳にすることがあった。私のいたクラスはとにかく排他的で、人の悪いところを探しては責めたり、からかったり、仲間外れにしたりという最悪な環境だった。私もこれまで授業中に発言するのを冷やかされたり、変なあだ名で呼ばれたり、色々とあった。

ダイシ君は粋がっているクソガキ連中に次第に馬鹿にされたり暴力を振るわれるようになった。軽く蹴りを入れられるとかそういうものだったのだが、次第に顔をつねったりと酷いものになった。何度か止めに入ったものの、結局、教師がいない場所ではそういう小さな虐待行為が続いていた。

私とヨネカワさんは、群れて行動するのが嫌いだったので、転校生など輪からこぼれた人には友好的に接していた。ダイシ君に何度も心配の声をかけたが、彼は大丈夫だと笑うだけだった。しかしそれは明らかに苦笑いだった。

ある日、夜にヨネカワさんから電話がかかってきた。急に電話をしてくるなんて珍しいなと思いながらも出たのが金曜日。用件は「明日、うちに来ない?」の1つだけだった。

翌日、ヨネカワさんの家にお邪魔した。家族はいないようだった。仕事に出かけていたらしい。家は分譲マンションで、そこそこ裕福な家なのだろうなと感じた。家族が荒れている様子などはなかった。

「昨日、お父さんにこれをもらったんだけど、これを使ってダイシ君を助けようと思う。興味あったら一緒にやらない?」

出したのはカセットテープのレコーダーとデジタルビデオカメラだった。お父さんがカメラとかが好きで、新しく買ったので古いのをヨネカワさんにくれたらしい。これでダイシ君が攻撃されている証拠を取りだめて行こうというのだ。ダイシ君と私達は普段からも仲良くしていたし、何よりいじめは許せなかったので、私もその話に乗ることにした。私はビデオカメラを担当することになった。

翌日、いつものようにダイシ君の周りをクソガキたちが囲んだ。そのボスはユウヤ君だ。ユウヤ君はダイシ君をからかいながら、頭を叩く等している。私達は近くで見守りつつも、ダイシ君が何とかやり過ごせている間は、記録を回し続けた。幸いにもその週は学校行事が多く、教員や保護者の目が常にあったので、被害は朝のホームルーム前だけにとどまった。

翌週、こうした日程が終わると、授業中のダイシ君の発言に対する揶揄や、休み時間のイビリ、掃除の押し付けなどがはじまった。ヨネカワさんはユウヤ君を中心とした連中のことをじっと見ていた。放課後もこうしたダイシ君イビリが続いていた。ユウヤ君はヨネカワさんに気づき、吠えるように話しかける。

「何見てんだよ」

粋がるユウヤ君に対し、ヨネカワさんは突然水筒に入った熱湯をぶちまけた。ユウヤ君はパニックになりその場から逃げ出した。

翌朝、ユウヤ君はとても起こった様子でヨネカワさんに近づき、興奮気味に「昨日はよくもやってくれたな」と怒鳴る。

ヨネカワさんは教壇に立った。「みんなおはよう!今日はとても面白いビデオを撮ったから、みんなに見せたいんだけど、いいかな?」と笑顔で話す。

ヨネカワさんはこうやって平然と人前で話ができるタイプだった。友達付き合いをしないのでクラスで浮いた存在に思われるが、成績が抜群によかったので一目置かれていたことは確かだった。

そしてヨネカワさんは私と一緒に記録したこれまでの音声や映像を流して満面の笑みでメガホン越しに語りだした。

「みんな、これユウヤ君がこれまでにダイシ君に対してしてきたことと、ユウヤ君が偉そうに陰でみんなのことを馬鹿にしていることの証拠ね。ユウヤ君のやっていることって犯罪だと思わない?こんな人、死刑にしちゃっていいよね?ね?」

ユウヤ君がヨネカワさんに飛び掛かった。顔は真っ赤で、今にも泣きそうになっている。ヨネカワさんはその様子までもをビデオカメラに撮ろうとしてビデオカメラをユウヤ君の前に突き出すと、ユウヤ君はその場で静止してしまった。

ヨネカワさんに何もできないと思ったユウヤ君は、私の方に向かってきた。「お前も一緒になってやってたんだよな。調子乗ってんじゃねえよ。」ユウヤ君から一発殴られた。実は私は3年生の時にユウヤ君にことあるごとにいびられていた。それを思い出してしまい、なぜか腹が立ってきた。私を殴って満足気味に背を向けて自席に戻ろうとするユウヤ君の背中に向かって何もすることができなかった。

昼休み、ユウヤ君は綱渡り遊具で遊んでいた。私が通りかかると、「死ね」といって唾を吐いてきたのだ。朝から色々なことがあり、さすがに腹が立った。その後の記憶は確かではなかったが、気づくとユウヤ君は遊具から落下して水たまりに尻餅をつき、口から泥水を吹きながら泣いていた。どうやら私がキレてロープを大きくゆすりユウヤ君を転落させたらしかった。大した高さではなかったので尻餅だけに終わったが、さすがにこれについては先生が間に入ってしまい、そこそこの大事になった。

ユウヤ君はここ数日でクラスで一番強い自分に逆らう人間が現れたことに動揺している様子だった。そしてそれがダイシ君への当たりを強くするきっかけになってしまった。ユウヤ君は仲間を引き連れてダイシ君を毎日のようにいじめるようになった。しかし、これがヨネカワさんの狙いだったのだ。

ダイシ君も精神的なつらさはあったものの、私やヨネカワさんが背後で仕返しをしてくれることを信じていたので、そこそこ毎日のイビリに耐えていた。さすがに危険な目や怪我をさせるわけにはいかないので、その辺は私が注視してみていたが、証拠が加速度的に増えていった。

ある日のホームルームで、ヨネカワさんが突然立ち上がった。

「このクラスにはいじめがあります。ダイシ君に対してユウヤ君、タカヒロ君、ヒロユキ君などが毎日のように暴力をふるったり、悪口を言ったりしています。今からそれらを全部映像で見せたいと思います。」

その映像には何月何日加害者○○と全部に見出しがつけられ、もはやクソガキ連中は言い逃れできない状況になっていた。

「だ…だって…ダイシが最初生意気だったから…」と言い訳するユウヤ君、ユウヤ君に命令されただけだというタカヒロ君たち、その瞬間、先生の怒鳴り声が聞こえてきた。

30分間、いじめの実態把握と加害者への説教、傍観者への注意が続いた。その日はダイシ君は保健室で保護されることになったが、実際のところ、ダイシ君はそこまで傷ついていなかった。なぜなら、一人でも自分の味方がいると知っていたからだ。

しかし、最後に教員が放った言葉は信じられないものだった。

「さあ、ユウヤ君たち、きちんとダイシ君に今日までのことを謝りなさい。そしてこれからは仲良くすること。いいね?」

はい!という面白くなさそうな返事が重なる。そこにヨネカワさんの衝撃の発言が放たれた。

努力教と費用対効果

どうせ私立に行くんなら最後の一年だけ勉強して後は遊んでいればよかったのに、お前も本当要領の悪い人生だよな。

国立大不合格が決まり私立大への進学が決まった際に当時の同級生から言われた言葉。本人は皮肉を込めて言ったのだが、その一言に今は妙に納得している。というのも、私がすっかり頑張らない側の人間になってしまったからだろう。

学校にいた時期は何でもかんでも勝負させられ、それによって満足感を得ることが正義であるかのように洗脳されていた。結果を出し、自分がすごいと思われることこそが満足だと。受験・就職・昇進・家庭とずっとそれを続けることで勝ち続けることが正義だと、当時の私は思っていたし、だからこそ見栄やプライドを満たすための勝負にかなりの資源を投入した。

結局、途中で勝ち続けることは不可能だと感じ、さらに価値観の転換で「趣味>承認欲求」が確定的なものとなったことから、私は社会的地位や他社の承認に対する執着をやめた。それが就職活動の時期と重なったので、私はしばらく無職生活をすることになる。

当然、当時の私は頑張っていなかった。いい会社に入って同級生や友達の中でも勝っていたいという気持ちは完全に崩壊していた。できるだけ対人折衝のない人生を送りたい。人間関係が面倒な仕事には就きたくないとしか思っていなかったし、周りがどうのこうのとか考える興味さえもなくなっていた。

そして高校時代の私のように相変わらず切磋琢磨している周囲の人物が、やはり就職を機に何人もおかしくなった。おかしくなったというと完全崩壊のような感じがするが、その程度は異なり、多少精神を病んだだけの人から、社会不適合になってしまった人、サイコパスとして社会的地位にしがみつくことを選んだ人など、様々だ。

労働者になって、ここでもさらに、これまで順調だった人間が脱落する。ハラスメントを苦にして突然引きこもりになったり、鬱で病院通いになったり、人間関係トラブルが顕在化した人など様々だ。いずれにしても、ここまで社会的地位や順風満帆な人生を価値基準にしてきた人物が、軒並みそれらを獲得できなくなっていく現実と葛藤していた。

電通の社員・高橋氏が職場のハラスメントを苦に自殺した事件が話題になった。彼女は東大卒で電通入社、私のような無能とは能力に天地の差があるが、少なくとも高校生時点では私と同じセンター試験を受験していた国立志望者だった。そして大学生活は順風満帆、就職も大手企業に内定、パワハラで自殺。

一方、私をいつも都合よくこき使う友人は、私にウェブテストや卒業論文を押し付け、自分は大学生活を謳歌し、女子大から資源系企業の一般職に内定、運よく社内秘書業務に配属され、仕事は上司の予定管理とお茶出しと出張土産選びくらいのようだ。ほぼ定時退社でき、有休も余裕で消化、月収30万円近い。

この人物と高橋氏の分岐点はどこだったのだろうと、私は常に思う。失礼ながらも努力とは無縁の世界に生きてきた私の上記友人、膨大であろう努力をして薄汚いジジイに媚び続けた結果最後に死ぬことになった高橋氏。日本人が賛美する「努力は報われる」という根性論によれば両者の結末は真逆であるように思われるが、このような結果は多々発生する。

社会に対して完全に意識低い系を貫いている私、積極的に就活もして大企業に入るも残業だらけでちっとも遊べない昔の同期、給料の差はあるものの、それが人生を変えるほどの差はない。結局、受験だの学歴だの小さな勝敗で一喜一憂していても、その先に待つのは年功序列であり、老害社会であり、同調圧力であり、圧倒的報酬によって救済されることは極一部の労働者を除けばまずあり得ない。だとすれば、頑張る意味は何だろう。勝ち負けにこだわる意味は何だろう。

東大に入った、大企業に入った、年収が1000万だ、結婚した、子どもができた、そんなことをフェイスブックで自慢するためにしかめっ面で生きていても、財産を持っている人間にはかなわないし、ニッチな産業で緩く働く人にも費用対効果でかなわない。何が勝ちで何が負けなのかはわからない。結局のところ、不戦勝だけが唯一の勝利なのではないかという毎回の結論に至ってしまう。